高木友夏里

高木友夏里

「好きなことを仕事にして、わくわくしながら生きる」
これがわたしのテーマです。

人生を思いっきり楽しむためにイヤなことは一切やめて、
自分の心がよろこぶ働き方をお伝えします♡

好きなこと、やりたいこと、
なりたい自分、かなえたい夢をみつけて、
わくわくしながら生きていく♪

そんな「わくわくする人生を描く」お手伝いをするのが、
私、高木友夏里の仕事です。
Amebaでブログを始めよう!
ブログを移転することにしました。

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毎日が冒険


このタイトルは、わたしの目標でもあります。『毎日が冒険であるような日々を過ごしたい』という想いで名付けました。


日々の気づきや、経験したことを綴るのもいいんですが、絞り出すのがしんどくって。笑
わたしはもともとものすごくめんどくさがり屋なので、放っておくと、なにもしずぐだぐだと毎日を過ごしてしまいがちです。それはそれで楽しいんですけどね。


だけどそういった毎日を送っていると、いざおもしろいことが降ってきたときに、腰を上げるのが重くなってしまうんです。


だったら、ブログのネタを探すことを口実に、いろんなことを実験的にやってまう方がおもしろいかなあと。ブログを書いていると、おもしろいことを探すアンテナが敏感になる気がします。




ちなみにブログは、WordPressでイチからつくりました。2週間くらいかかりました。しかもまだ「なんとか見れるかな」程度なので、細かい設定はこれからです。IT音痴すぎて泣きそうでしたが、やれないこともないんですね。やってみてよかった。わたしでもできました。世の中のIT音痴の希望の光になれる気がします。



見にくい点もあるかと思いますが、「もっとここ、こうした方がいいんじゃないのー?」的なアドバイスがありましたら、教えてもらえたらうれしいです。



毎日が冒険。引き続き、お楽しみください。


年明けのハワイ旅行を計画しています。

年末年始ではなく、オフシーズンの2月あたりを狙っています。






なんでハワイかというと、『行ったことがなくて、行ってみたい場所』だったので。サーフィンをしたり、ダイヤモンドヘッドから景色を眺めたり。「この木なんの木」の木陰でヨガをするのも憧れます。素晴らしいランニングコースがいくつかあるようなので、それも楽しみです。


この旅ではすべてを自分で手配しようと思い、本を読みあさり、調べている最中です。


参考になったのはこの3冊。


本田直之のあたらしいハワイ/エイ出版社

¥1,296
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ハワイと東京の2拠点でディュアルライフを送る本田直之さんが、ハワイの魅力や訪れる際のポイントをわかりやすく紹介しています。



3日もあれば海外旅行 (光文社新書)/光文社

¥821
Amazon.co.jp


航空会社の選び方や、航空券の手配の仕方など、DIYな旅づくりのバイブル的な一冊です。自分の知識が増えるという点で読んでいるだけでおもしろかったです。とても勉強になりました。


世界をひとりで歩いてみた――女30にして旅に目覚める/祥伝社

¥1,512
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これは「ああ、旅っていいな」と純粋に思いました。女一人旅ということで、共感もできました。読み物としてもおもしろいです。等身大の真鍋かをりさんに親近感がわきます。




『すべて自分で手配する』ということは、日程、航空券、滞在先、現地でやること、すべて自分で用意しなければいけません。めんどくさがりのわたしにできるのか…と思いながら色々と調べているのですが、これが意外に楽しい!


たとえば航空券の予約。『3日もあれば海外旅行』によれば、skyscannerというサイトが一番便利なのだとか。コチラ▶︎skyscanner

日程、出発地と到着地、人数を入力すれば、各種航空会社の航空券の金額がずらーっと表示されます。あとは金額が安いものを選んで、選択するだけ。とっても楽ちんです。

色々検索するうちに、時期によってどのくらい金額に変動があるのか。航空券の相場はどのくらいなのか。航空会社によってどれくらい金額の差があるのか。などなどおもしろい発見がたくさんあり、調べているだけで時間があっというまに過ぎてしまいました。


お次はホテル。トリップアドバイザーで口コミを見ていたのですが、やはりハワイで5日間となると、ホテル代だけで15万ほどはします。もちろん質を落とせば安いホテルはありますが、せっかくリゾート地へ来て、しょぼい部屋じゃテンションさがります。


そこで活躍するのが『Airbnb』です。『Airbnb』は世界中どこでも、予算内で、現地の宿を借りることができるウェブサービスです。世界192カ国、3万4000都市(2014年4月現在)で借りることがことができる物件がサイトにアップされています。(見ているだけで楽しい『Airbnb』


物件は、コンドミニアム、一軒家、家の一部屋だけ貸しているものなどがあります。ワイキキの近くで部屋を探してみたんですが、予想以上にきれいで、しかも安いものが多い!

ホテルなんかより、こっちの方が断然いいのでは!?と興奮してしまいました。しかも、2~3人で泊まれば、キレイで素晴らしいロケーションの部屋が1人1万円以下で借りられるんです。一人旅を計画していますが、誰か誘って一緒に行きたい!と思うほどでした。


検討に検討を重ねた結果、2月6日~2月11日までの5泊になりそうです。ちなみにこの日程の最も安い航空券は、往復で8万円ほど。(早く予約しなきゃ!)Airbnbで探した部屋は、5日間で8万円くらいのいい物件がありましたが、初日はホテルステイにしようか、など色々と悩んでいるのでまだ部屋はおさえていません。(ちんたらやってると空きがなくなりそうですが…)


あとはサーフィンスクールを予約したりなど、色々とやることはありますが、まあなんとかなるかなと楽観的に構えています。




本を読んでいて、また実際に自分で調べていて思ったんですが、これからの旅行は旅行会社が提案する『パッケージツアー』ではなく、すべて自分で用意するDIY旅行が一般化してくると思います。

手間はかかりますが、そのぶん100%自分の好きなように組み立てることができるので、なんといっても自由度が増します。そして手づくりのわくわく感が味わえるのも、魅力のひとつ。


初めての一人旅行で初めてのDIY。どうなるのか不安はありますが、それ以上に未知の経験に心が躍っています。(一緒に行っても良いよ!という人も若干募集中!)
先日書いた記事に、「肩書きを決めて勝手に名乗ったもんがち」ということを書いた。

この記事です▶︎何かを始めるのに、経験も技術も他人の許可も必要ない。必要なのは『自分に許可を出すこと』

そのときに、「自分ではプロの領域に達していないと思っていても、プロと名乗っていい」ということを書いたのだけれど、やっぱりそれは正しかったと身をもって体験した。



わたしの仕事は求人広告ライターで、書くことを仕事にして1年半が経とうとしている。それなりに結果は出しているし、(自分で言うのもなんですが)周りからの評価もそこそこ高い。けれど自分の書くレベルがはたして“プロのレベル”であるかどうかは、正直なところ自信がなかった。


だけれども、プロかどうかは自分で決めていい。自らに許可を出せる人間が最強。そう気づいたわたしは、「自分はプロだ」ということにした。具体的にアクションを変えたわけではなく、ただ、「自分はプロだということにしていい」と、自分に許可を出した。


そうしたら、おもしろいことが次々と起こった。お客さんから「さすがプロですね。勉強になります」と言われたり、営業からも「高木さんのキャッチコピー好きなんですよ。プロは違うなって思います」とほめちぎられたり、周りがわたしのことを「プロ」として見ているという証拠が、次々と出てきたのだ。すごい!


今まで、褒められたり、感謝されることはあっても「プロ」という言葉をかけてもらったことはない。なのに「プロだ」ということにしたとたんに「さすがプロですね」とほめられたのだ。なんだこれは。思い込みの力ってすごい!


その他にも不思議なことがある。

わたしは最近、自分のことを「最高!」ということにしてごきげんに過ごしているのだけど、そうすることで周りから「すごい」と言われたり、今まで認めてくれなかった人が認めてくれたり、いろんな人から「会いたい」と言ってもらえたり、どんどん変化が起こっている。わたし自身、なにも変えていなくて、理由がなくても「自分最高」ということにしているだけで、周りの人も「あんた最高!」と言ってくれるようになったのだ。すごいすごい!


自分が考えた通りの現実が起こるとはこのことだろうか。世界の見方が変わってきた。

「そういうことにするだけで、そうなる」のだとしたら、この法則にのっとれば、できないことなんてないんじゃないかという気がしてきた。「自分はお金持ちだ」ということにしたら「お金持ちになる」ということだし、「旅をしながらお金を稼ぐ人だ」ということにしたら「旅をしながらお金を稼げちゃう」わけだ。



最近読んだ本に、宇宙の法則が書いてあった。


神さまとのおしゃべり -あなたの常識は、誰かの非常識-/ワニブックス

¥1,500
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この本によれば、自分が考えていることは、すべて現実になる。それが宇宙の法則だというのだ。(この本は猛烈におもしろかったので、今度まとめたいと思います)


自分で許可をだせば、現実は後から追い掛けてくる。これに気づいたらもうやめられない。みなさんも、証拠がなくても理由がなくても、「そういうことにする」だけでそうなるのだから、ぜひ試してみてほしい。超絶おもしろいですよ!



先日、久しぶりに連絡をくれた友人に、「本をたくさん読んでいるみたいだから、○○系の本でオススメを教えて」と言われ、即座に3冊チョイスしたらよろこんでもらえたのが嬉しすぎて、自らを『本ソムリエ』と名乗ることにした。





…とFacabookで発信したら、次から次へと「セレクトしてほしい!」と依頼が入り、こんなにもニーズがあるのだから、この路線でやっていけるぞと確信した今日この頃です。


依頼をくれた方はみなさん迷わずAmazonでぽちっとしてくれて、届くのが楽しみ!といううれしいコメントまでしてくださっていて、世の中の人々は本当に優しいなあと感じています。


調子に乗って、『Power of Books』という本の力を伝えるコミュニティを立ち上げ、代表として活動していこうかとも思っています☻



最近思うのは、『発信したもんがち』ということ。この『がち』というのは、勝ち負けの勝ちでなくて、なんでもやっちゃったらいいんだよ!みたいなポジティブな意味です。自分がやりたいと思うことや好きなことは、自分で肩書きを考え、勝手に名乗り、誰の許可も得ず、技術がなくても資格がなくてもとにかくはじめてしまえばいいと思う。



わたしもそうだったのだけれど、何かを名乗るときに、『優れた技術が必要なんじゃないか』とか、『プロと呼ばれるだけのスキルがないといけないんじゃないか』とか、すごく頭でっかちになって考えてしまいがちだ。


弁護士や税理士など、国家資格が必要なものに関してはおいといて、『好きを仕事にしたい』とか、『ライフワークでおもしろいことをやりたい』と思っているのだったら、技術や資格や経験がなかろうが、ガンガン名乗っちゃっていいと思う。むしろ、名乗るからプロになるのだと思う。


肩書きを名乗るのが怖いのは、その肩書きを名乗って仕事の依頼が来て、「なんだ、こんなもんか」と思われるのが怖いから、「たいしたことないね」とバカにされるのが怖いから、だから初めから完璧であろうとする。プロになったら、肩書きを名乗ろうと思う。

だけど、肩書きを名乗らなければ、いつまで経っても経験が積めない。失敗もないけれど、学びもない。ノースキルだから、失敗して学んで、プロになっていくのだと思う。


わたしは新卒でアパレルメーカーに就職して販売員になった。入社1日目から「ファッションアドバイザー」を名乗らされて、知識も経験もないまま、断りまくられながらちょっとずつ成長していった。販売員でなくても、就職した人ってみんなそんな感じだと思う。

会社ではできるのに、いざ自分でやろうとするとできないのはなんでだろう?何にも違わないんじゃないか。


そもそも、プロってなんだろう?プロであるか、アマチュアであるかって、誰が決めるんだろう?みんなが認めてくれたらプロ?お金を稼げるようになったらプロ?定義もいまいち曖昧なんだから、別に自分で自分のことをプロって名乗ってもいいんじゃないか。

きっとわたしたちは、「プロ」と聞くと、その業界の頂点を思い浮かべてしまうのだと思う。頂点の人たちと比べて、「いや、自分はプロなんておこがましい」とか、「とても自分が名乗っていい肩書きじゃない」と卑屈になってしまう。


でもそれってもったいない。だって、知識ゼロの人からしたら、その業界のことを少しでもわかっている人のことを「すげー」と思うのだから。


わかりやすく言うと、コンサルタント暦半年の人は、大前研一さんレベルをプロとする。だけどコンサルの知識ゼロのわたしからすると、コンサル暦半年は立派なプロだし、教えてほしいことは山ほどある。むしろ大前研一さんレベルは上すぎて、そこまでは全然求めていませんっていう感じ。



『やったもんがち』というのは、『自分に自分で許可を出せるかどうか』だと思う。自分は自分のことを、プロだと名乗っていい。この肩書きは、わたしにはぴったりだと、そう思えた人がやりたいことをどんどん実現させていけるのだと思う。


わかっちゃいるけどさ…という気持ちもよくわかる。ついこないだまでわたしもそうだった。だけど思い切って名乗ってみると清々しい。別にこれで食べていこうとは思っていないけれど、どうせ人生は暇つぶしなのだから、その暇つぶしのひとつとして、『本ソムリエ』は役立ってくれると思う。


やりたいことがあるのに一歩を踏み出せない人は、とにかくなにかしら肩書きを自分で決めて、名乗ってみてほしい。いやもはや肩書きなんて必要なくて、『自分はこういうことができるので、依頼してくれたらやりますよ!』と言うだけでもいいと思う。それをソーシャルメディアで発信してみてほしい。必ず誰かは見ている。必ず何かが動き出す。


名乗る肩書きが思いつかない人、何をしたらいいのかわからない人は、周りの人に聞いてみたらいいと思う。「ねえわたし(僕)に頼みたいことってなにかある?」「わたし(僕)って何に向いていると思う?」必ず何か新しい発見があるはず。


何かを始めるのに、他人の許可も、立派な資格も、プロ並みの技術も必要ない。必要なのは『自分の許可』だけだ。わたしは本ソムリエだけでなく、プロブロガーとプロライターも名乗ってしまおうと決めた。

なのでこのブログを読んでくださているみなさん。執筆依頼、どしどしお待ちしております☻
結構今更だが、先日、山田詠美さんの『ぼくは勉強ができない』を読んだ。



ぼくは勉強ができない (新潮文庫)/新潮社

¥464
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わたしはおもしろい小説には2種類あると思っていて、ひとつは物語的におもしろくて、その世界に入り込んでしまうもの。個人的には半沢直樹シリーズの『オレたちバブル入行組』や、『清洲会議』、『ハリーポッター』とかまさにそう。


もうひとつは自分の価値観や生き方に影響を与えるような本。『ぼくは勉強ができない』は、まさにわたしの価値観にガンガン影響を与えてくれる本だ。



簡単にストーリーを紹介すると、主人公の秀美は男子高校生。女の子にモテるけれど勉強はできない。父親はおらず、男遊びと消費癖が激しい母親と、散歩の途中に出会うおばあちゃんにしょっちゅう恋をして秀美に相談を持ちかける祖父と3人で暮らしている。

そのような環境で育てられたからか、秀美はいわゆる「普通の価値観」というものを持ち合わせていない。成熟した考えをもっていて、「自分は自分」と、周りに媚びることなく自由な思考を持ちながら生きている。

そんな秀美が家族、恋人、友人、教師との関係を通じて思うこと、感じることが、わたしたちに大きな気付きを与えてくれる。これは小説の形をした自己啓発書、いやむしろ哲学書だと思う。



「これは…!」と思う部分をまとめてみた。





●幸福に育ってきた者は、何故、不幸を気取りたがるのだろうか。不幸と比較しなくては、自分の幸福が確認できないなんて、本当は、見る目がないんじゃないのか。



●自分が非凡であると意識することこそ、平凡な人間のすることではないか。



●母親がひとりで、親と子どもの面倒を見ているというだけで、ぼくは、不幸な人種として見詰められていたのだ。父親がいない子どもは不幸になるに決まっている、というのは、人々が何かを考える時の基盤のひとつにしかすぎない。そこに、丸印、ばつ印を付けるのは間違っていると、ぼくは思うのだ。父親がいないという事実に、白黒は付けられないし、そぐわない。何故なら、それは、ただの絶対でしかないからだ。


(この部分を読んで、「ああ、自分はなんて小さな視点で物事を考えていたんだろう」と猛烈に反省した)



●ぼくは、昨日のテレビ番組を思い出した。子どもを殺すなんて鬼だ、とある出演者は言った。でも、そう言い切れるのか。彼女は子どもを殺した。それは事実だ。けれど、その行為が鬼のようだ、というのは第三者が付けたばつ印の見解だ。もしかしたら、他人には計り知れない色々な要素が絡み合って、そのような結果になったのかもしれない。明らかになっているのは、子どもを殺したということだけで、そこに付随するあらゆるものは、何ひとつ明白ではないのだ。ぼくたちは、感想を述べることはできる。けれど、それ以外のことに関しては権利を持たないのだ。

人殺しはいけない。そうだそうだと皆が叫ぶ。しかし、そうするしかない人殺しだって、もしかしたら、あるのではないか。その人になってみなければ明言出来ないことは、いくらでもあるのだ。倫理が裁けない事柄は、世の中に、沢山あるように思うのだが。

ぼくは、ぼくなりの価値判断の基準を作って行かなくてはならない。その基準に、世間一般の定義を持ち込むようなちゃちなことを、ぼくは、決して、したくないのだから。ぼくは、自分の心にこう言う。すべてに、丸をつけよ。とりあえずは、そこから始めるのだ。そこからやがて生まれて行く沢山のばつを、ぼくは、ゆっくりと選び取って行くのだ。





すべてに、○をつけよ。というのは素晴らしい教えだと思う。わたしたちはわたしたちの意識する・しないに関わらず、生まれた瞬間からいろんな価値観にさらされて生きている。

幼いころは母親、友人、教師たちから受ける影響は絶大だし、メディアからの影響も大きい。日々色んな価値観を受けるうちに、知らず知らずのうちに他者の価値観が自分の価値観だと思い込んでいることや、世間の価値観が正しいと何の疑いもなく思ってしまっていることって、実は少なくないんじゃないかと思う。


例えば、25歳でフリーターはいけない、って誰が決めたんだろう。35歳で結婚できない女性はヤバいって、誰の価値観なんだろう。


言い出したらキリがないけれど、25歳でフリーターだろうが、35歳で結婚できなかろうが、まずはすべてに○をつけてみる。そこで自分の頭で考えてみる。「それって間違ったことか?」と自分に問いかけてみる。そうすると、世間一般で「ダメだよね」「恥ずかしいよね」とされていることって、ほとんどダメじゃないことがわかる。


すべてに○をつける。これができるようになれば、もっと生きやすくなるし、自由になれると思う。わたしは「いい歳してフリーター」が悪いことだとはちっとも思えないので、もうすぐそうなる予定だ。






読みすぎてボロボロ。話はそれたが『ぼくは勉強ができない』は、私の人生を変えた最高の一冊。オススメです。