自分という存在価値を高く評価できる人間ならば
ぞんざいな扱いを受けたと感じた時
仕事以外でも
毅然とした態度で臨むことができたかもしれないが
私はそのタイプではなかった



ぞんざいな扱いを受けることに
心が麻痺していた子供の頃の自分が
どんなことを思い、考え、その瞬間、瞬間を
やり過ごしていたのか
LINEを読み返している旦那を見ながら
走馬灯のように蘇り
宿命に近い感覚があった



だから、
クリップ所詮、妻である私に対してはそんなもんよね )
と、自分でも不気味なほど受け身でいられた



旦那の回答がいつ始まるのか
さっぱりわからないので
自分のスマホを取り出して
ボイスレコーダーの録音ボタンのタップと
スタンバイだけは済ませておいた



それから
しばらくすると旦那が話し始めた



正直、ここまでMasakiを追い詰めることになるとも
こんなに辛い思いをさせることになるとも
予想してなかった


それくらい甘い考えで今までいたけど
今回、今までに見た事がないMasakiの姿を
目の当たりにして
よくわかったから
これ以上傷つけることはしない



だから同じことを繰り返すことは
絶対にないと言いきれる


チャンスをもらった時に
不倫のことは言えなかったのは
もう何年も前の事で
同じこと言うようだけど
終わった事と自分の中では思っていたから


別れを告げたわけでもないのに
終わってないってMasakiに言われるまで
その矛盾にも気づいてなかった


Masakiとの記念日を重ねるごとに
こんなに長く付き合っても飽きないのは
Masakiしかいないって

こんな自分と
バカげたことでも付き合って
傍で笑ってくれるのも
Masakiしかいないって
一緒にいて落ち着く存在って
結婚する前から時々だけど伝えてたよね?



いつかはMasakiと結婚するだろうとも
思っていたから
25歳の時、婚約指輪の話をオレからしたんだけど
Masakiは要らないって言ったの覚えてる?


結構、アレはショックだったんだよ
そうは見えなかったかもしれないけど……



何が言いたいかと言うと
Masakiを傷つけようと思ってやったことではない
ということ


嫌いだからとか恨みとかそんなのない


悪いことバレたらいけないという認識は
あったと思う


後ろめたさがなかったとも思えないけど
その時どんな感情でいたかは
ハッキリとわからない


ただ、軽い気持ちしか無かったのだろうとしか
思えない


こんなこと聞かされても
納得もできないだろうって……
自分が逆でも納得なんかできないって
思うけど
思い出せることは
LINEじゃなくて正直に伝えたかった



今のが私にLINEで返せず
口で伝えたかったことなのだろう


旦那の口から述べられた回答の
9割以上は記憶に残っていなかった


部分的に頭に残っているのは
どれもイメージの悪い単語だけだった


それが非常に、恐ろしく感じていた



頭が良いわけでも
記憶力が抜群に良いわけでも
決してないのだが
人との会話の中で
良いことも悪いことも
心に残しておきたいと脳が思ったものは
大体のことは覚えていた


一言一句ブレずに覚えているとか
そういうことではないのだが
あの時こういう話ししたよね
って思い出したり
自分だけでなく
相手の話したことも
かいつまんで再現したりするのは割と得意で
(良く覚えてるねーそうだった!思い出した!)
なんて言われることも、結構あったから……


自分の心癖のせいもあるかもしれないが
その人と会話をした時
自分が何を感じてその話をしたのか
周囲の状況(天気や環境、香り、季節など)
とセットで記憶するクセがある


だから会話を思い出す時
その瞬間の場面が頭の中では
周囲の状況も含めて
映像化された状態で再現される


それなのに1割以下の単語しか
記憶できていない……


私の頭はおかしくなっているのではないか?
こんな頭で仕事をして
大丈夫だろうか?


諸々含めて、とても怖くなった


単語しか覚えていないのだから
旦那に何か言いたいことも
思い浮かばない


やっぱり
LINEで返してくれていれば
よかった……


あちこちに思考が
取っ散らかって
どこに集中したいのか
自分のことなのに
わからなかった


状況的にココで切り上げると
後々、めんどくさいなと思いはしたものの
(とにかくボイスレコーダーを聞かないと……)
という思いが先行した



1人になりたい



不安そうな何か言いたさそうな
微妙な表情の旦那に
それだけ伝えるとその場を後にし
自室のドアを閉めた