井俣 航の☆どっかん☆
この本、「ドローセルマイアー人形劇場」と出会ったのは、僕が中学2・3年生のころです。


当時休み時間のはやりはテーブル卓球(僕らだけでしたが・・・)だったのですが、


教室に卓球台があるわけもなく、机をあわせてピンポン玉を教室に置いてあった本を


ラケット代わりにして卓球をするただのあそびでした。


ある日、何も気にせず卓球をするために取った本がこの「ドローセルマイアーの人形劇場」だったのです。


もしかしたら、この時からこの本を読む運命だったのかもしれません。


卓球の休憩中、なにげなく開いた本を開いてみると!


やはり本でした・・・


当時、(今もですが)本を読むのは得意ではなかった僕・・・


いつもならすぐ閉じてまた卓球を始めるのですが、


1ページ、2ページ読むごとにこのドローセルマイアーの人形劇場の中に入り込んでいったのです。


この本を簡単に説明すると、主人公エルンストが偶然ドローセルマイアー老人と出会い、


人形劇を通して成長し最後にはエルンスト自身がドローセルマイアーの名を受け継ぎ


人形劇をするというストーリーなのですが、


この最初のエルンストとドローセルマイアーの偶然の出会い、なんとエルンストが水曜日と木曜日を


間違え、水曜日ならお昼から出勤だったのですが木曜日と勘違いしたため朝早くから電車に乗り


勤めている高校に行く途中で水曜日と気づき、電車を降り近くの喫茶店でコーヒーを飲んでいると、


喫茶店の奥の席からドローセルマイアー老人が店を出るときに出会いました。



いやいや、こんな出会いないだろうと思った僕なんですが、最後まで本を読んでみると


もう水曜と木曜を間違えた時点でエルンストの運命は決まっていたのかもしれません。


いや、この運命のために水曜と木曜を無意識に間違えたんでしょう。




そこからエルンストとドローセルマイアー老人は行動を共にするんですが、


半年ぐらいたったある日、ドローセルマイアー老人がエルンストに


「おまえは人形を動かしてみたとは思わないのか。」


と、言ったのです。 


そうなんですエルンストはこの半年人形には一切触れもしなかったのです


エルンスト的には人形はドローセルマイアーの聖域で、ふれてはいけないものと考えていたのですが


心の中では触ってみたい、操ってみたいと思っていたのでしょう


さっきの老人の一言を待っていたのです


僕はなんでエルンストは自分から言わなかったんだろう、自分から言えばいいじゃん!


と思ったのですが、


なんだか自分とエルンストをかぶせて見ていたのかもしれません。


言いたいことがあっても言えず、ただ黙ってるだけ・・・


しかも言葉をうまく表現できない僕のようでした。





この話の途中から、「壁」という言葉がよく使われるのですが、この「壁」っていったい何なのか?


考えてみたのですが、僕が思うにこの「壁」は人間の世界と人形の世界をいったりきたりする


「壁」なんじゃないかと考えました。


時には人間に、そしてときには人形と話したり、人形劇をしている人形たちをいかに人に


操っているようにみせる技術


これが「壁」なんだと僕は解釈しました。


エルンストは壁を乗り越え、人形劇を受け継ぐことになったのですが、


最後のにドローセルマイアー老人からの手紙を読み、エルンストはこんな事を言いました。


「だれだって迷い込んで生まれてくるものだ。迷い込んで、医師や弁護士や高校教師になるのだ。

迷いこみ、迷いつづけて、一生を終えるのだ。それなら、好きな場所で迷っていたほうがいい。」


これには大賛成です!


迷うのなら好きな場所で!