今日はコンデイションに関して、考えてみよう。

 

コンディションは理由はわからないが、上がったり下がったりする。これはなぜだろう。重要な会議の前日、忙しく体を酷使しているはずなのにコンディションが良かったり、逆に暇な日ほどコンディションが下がったりする。

 

良い仕事をしたと充実感を感じる時は、忙しい場面に身を置いているときのような気がする。これまでの体験から来る感覚だろうか?

 

コンディションに関して、要因図を用いて分析してみよう。

 

コンディションは外的と内的に大別され、外的は人間関係・曜日・環境のような自分のコントロール下にないもの、一方内的は身体・精神のような自分のコントロール下にあるものである。

 

 

要因図を描くと、答えが見えてくる。

 

人間は内的なものしかコントロールすることができない。外的なものもある程度はコントロール可能だが、他人が介在する以上、そこは流動性をもったものとなる。

 

身体的な部分で言えば、容姿・食事・睡眠を管理することで、ベストなコンディションへ持っていける。一方、精神的な部分は、常に自信を持つことをオススメする。

 

自信とは、主観的なものでいい。例えば、ある科学者は会社では、科学の知識に優れ、他者から賞賛されることで自信を持つ。しかしながら、その科学者が大学教授の集団の中ではどうだろう。化学の知識は、大したことはない。

 

能力というものは相対的なものである。

 

つまり、ここでは能力は意味をなさない。ゆえに、自信は誰でも持つことができる。

 

エミネムの有名な言葉がある、「文句ばかり言う奴らとやりあって一つ学んだことがある。あいつらは攻撃する相手が後ろを向いている時だけ強気なんだ」

 

会議でバッシングを受け、二度と会議に出たくない時が誰にでもあるかもしれない。そんな時は、自信を持って立ち向かうといい。そうすると突破する確率はそうでない時よりも高くなる。

 

 

最近、外山滋比古の思考の整理学を読んでいる。謳い文句は”東大・京大で一番読まれた本”だ。

 

24歳の大学院時代、生協の書店で見かけて立ち読みをしたが、いまいちピンと来なかったのを覚えている。

 

あれから5年経ち、改めて近くのSUNMUSICで発見し、そのどこか懐かしい感じに惹かれ、購入した。5年経つと、心の変化があるのか、話がスッと入ってくるようになっていた。

 

読書は心の調律だ。その時々の状況によって、理解できる本とできない本に分かれる。人間はそうやって心を無意識の内に調律しているのであろう。

 

本の内容を話そう。

 

”忘却のさまざま”という話が好きだ。

 

人間は学校教育により、”覚えること”を強制される。数学にしても、英語にしても、覚えなさいが合言葉だった。

 

そのため私は頭の中にインプットするのは得意である。しかしながら、人間の脳にはインプットの容量がある。必要なタイミングで整理が必要である。この整理の際に、”忘れること”が必要となる。忘れることで、必要な部分だけを残し、効率良く問題に対処することができる。

 

この忘却には、運動が最も効率的だという。確かに、運動し、自分の身体のことだけを考えている時間が長いほど、その後の頭の回転が早い。

 

頭の整理のために運動する。心身ともにインプットの容量が極大を迎える30代でこそ、忘れることが必要なのであろう。

今日、ふとコンビニに行った際、バイト募集の看板を発見。

 

時給は昼間850円、夜間1100円。

 

この夜間に給料が上がるのは、なぜだろう。仮説を立ててみよう。

 

夜間に給料が上がるのは、通常昼間働いて、夜寝るという基本的なライフスタイルを阻害するために、上がるのではないだろうか?昼間寝て、夜仕事をするというスタイルは、人との接触回数を下げ、本人の人間としてのライフスタイルを侵害することになる。そのため、深夜手当という形で、昼間との時給の違いを生んでいるのではないだろうか?

 

答えは以下。

 

夜勤になると、同じお仕事をしていても日勤深夜の時間帯において労働することは、人の生体リズムに反し、昼間働くよりも心身に負担がかかるとことから。(夜間の定義は労働基準法により午後10時から翌朝5時)

 

仮説は大方正解である。

 

ちなみに夜間手当の金額は、労働基準法で定まっており、元の金額の25%以上だそうだ。今回のケースだと、850 X 1.25 = 1062.5円で規定内である。

 

労働基準法は労働者に寄り添った形になっており、暖かさを帯びたものであると感じた。

スマホが世の中に出てきて、10年程度だろうか。

 

自分が20歳のときに突如として出てきて、今に至るような感覚だ。スマホは非常に便利だ。今や電話としての機能はもちろん、決済や健康管理まで行ってくれる。人間がやっていたタスクをスマホが”代行”してくれる。

 

この”代行”には、メリットもデメリットもある。

 

メリットは時間の短縮だ。人生の時間は限られている。不要な時間は削ったほうが良いに決まっている。例えば、支払い。これは従来は財布から小銭を出していたのに対し、今は顔認証→決済完了となる。1年で換算しても、かなりの時間が短縮できる。

 

一方、デメリットも存在する。致命的なのは、検索ですぐに答えを見つけてしまう点だ。これは、一見して先述の時間の短縮に思えるかもしれない。しかしながら、検索→結果のプロセスを繰り返すことで、仮説を立てる思考を失っていることに気がついていない。物事の本質を捉えるためには、仮説立案→検証→結果→修正のプロセスが必要だ。世の中に出ると、答えのない問題が山ほど増える。この答えのない問題の答えは、”検索”ではたどり着けない。仮説立案→検証→結果→修正のプロセスが必要不可欠である。このプロセスまでも”代行”してしまっているのであれば、問題である。

 

最近実施しているトレーニングがある。散歩に出て、疑問に思ったことをなぜこれは生まれたのか?を仮説立案をする。その後、検索し、その仮説を立証する。このトレーニングで問題解決能力が身につくのではないだろうか?

 

今日実施したのは、散歩していて、目についた税理士事務所の看板。税理士といえば、納税のスペシャリストだが、なぜこのような職業が存在するのだろう。私の仮説は、納税が人口増加に伴い、国が管理できなくなり、国からの通達制→自己申告制に変わったことにより、民衆が正しく納税するための知識が必要となったためだと考えた。

 

正解である。

 

このような簡単なトレーニングで問題解決能力が身につくのであれば、是非試していきたい。

 

最後に、スマホはメリットとデメリットを併せ持つものだ。享受できるメリットは活用し、デメリットは理解した上で、使用することをオススメする。