昨年7月から始めた、東日本大震災のボランティア活動。1年以上
経ちましたが、私が経験した事、感じた事を話させていただきます。
7月2日災害復興のボランティア(スマイルエンジン山形)で、女川町
の隣町牡鹿半島の鮎川にいってきました。
朝6時に出発し、当初は石巻の瓦礫撤去の話でしたが、ニーズは
当日、現地に入らないと判明しません。結局、鮎川に11時過ぎに
到着し、14時15分まで、活動しました。
石巻市内の現状は道路際の瓦礫は無くなり、人力による側溝の
ヘドロ除去作業等も少なく無くなっております。
今回の鮎川は、町に繋がる県道や、コバルトラインが土砂崩れで
分断され、復旧の手がなかなか伸びてなかった地域です。いまだ
に、倒壊した家々が多く、まだ、アクセスするための道路の復旧が
途中ですが、何とかどりつきました。
鮎川に派遣された、私たちのグループは、神社の周辺の瓦礫撤去
20人。鯨関連会社の倉庫の消毒、5人。牡蠣カラの分別33人と別
れました。私は、牡蠣カラの分別を行いました。牡蠣カラの山から、
ホヤの種付けに使用する実が入っていた側のカラと、使用できない
牡蠣の蓋側やゴミを分別。これは、漁業支援となります。神社は山
にあるため、重機は入れず、人力による撤去となった。こちらの参
加者は1年分は幸運になるだろうと語ってました。鯨関連の会社は、
冷凍庫にあった、鯨の肉が溶けて、腐って油まみれになっています。
当然、虫がたかっており、腐敗臭も漂っている。一番きつい作業です。
消毒を実施したが池のようになった油に、いくら消毒薬を撒いても効
果あったかどうか、わからなかったそうです。腐った脂の臭いは、洗
っても消えないので、長靴、手袋、ヤッケ上下、防塵マスク、防塵ゴ
ーグルと全て捨てる事となりました。
スマイルエンジン山形は、東北芸術工科大学と、山形大学の学生・
職員有志が主体となり活動しているボランティアです、4月から活動し、
5月半ばからは、一般人の参加となりましたが、教育の一環でもあ
り、作業後、石巻専修大学の一室を借りてのディスカッションもあり
ます。今回は、東京便もあり、早稲田、立命館、別府、滋賀、京都、
からの学生と一般人の参加もありました。各地の学生に、被災地
の現状を伝えるべく参加されたそうです。ディスカッションでは、今
回のボランティア活動は、今までの、力仕事から専門的な支援に
変わるターニングポイントになるかもしれないとの話がでました。
行政から、住めない地域として指定されれば、住宅をせっかく洗浄
しても住めない可能性があるので、そのままとなっている家もあり
ます。住居空間の人力に頼る作業から、大々的な重機による撤去
となると、通常のボランティアでは、対処できなくなりそうです。しか
し、地域により、復旧の度合いが異なり、まだまだ、人力による単
純作業のニーズもありそうです。
20時、山形に到着。バスの手配で同乗のJTB社員交渉により、有志
による、東京便参加者が宿泊ホテルで食事と温泉入浴となり、疲れを
癒しました。
今後も、時間がゆるす限り、月1回のペースで参加していきます。