critique:ironika

critique:ironika

読書、映画好き。本や映画の感想と、思ったことをただ吐き出すための場所。ペタとか基本返しません。めんどくさいので。

Amebaでブログを始めよう!




馳星周はなかなか不幸な作家だと思う。

処女作である『不夜城』がベストセラーになり、映画化され、きっと金銭的には成功を納めたと言えるだろう。
彼のおかげて歌舞伎町のイメージは広く日本人に広まり、いかにも危険な街と考えられ、都のキャンペーンで浄化までされて、防犯カメラが設置され、ゲームの舞台のモチーフにもなった。
池袋ウエストゲートパークでもこんなことあったんじゃないかな。ただ、『不夜城』は徹底的に暴力的で刺激的だった点が異なっており、それが彼のイメージを決定付けてしまった感がある。
馳星周と言えば暴力であり、セックスであり、マフィアやヤクザに関する如何わしい話の語り手であり、ノワールである、と。

しかし彼は単なる刺激物じゃない。小説家だ。

作家って言ったって色々あって、実際小説で真っ向から勝負できる人なんて案外少ないと思う。
ドキュメンタリーとかの専門が違う人は勿論だけど、小説である前に映像作品のためのストーリーボードである作品とかかなり多いと思ってて、小説であるための小説というか、ピュアに小説としてそこにあるような作品っていうのはまー少ない。
純文学とかそういうことじゃなくて、書きたいから書かれて、書くしかないから書かれた、文章としてそこにあるっていうのが個人的に大事なポイントで。
読む側としても、映像になった方がいいものなら映像で観るし、やっぱ活字で呑み込みたいものってのは文章に残ってて欲しいと思うんです。

『不夜城』は映画にもなって、それも割合大したことない映画になってしまって、それも多いに不幸の原因かなと。
文章で呑み込むべき作家なんすよ、馳星周は。

で、『雪月夜』。

これも凄いんだよね。確かに、一見映像化したくなる。すげえ刺激とスピード感で、映像の情報量でこの作品を浴びてみたいと、読みながら何度も思った。
でもやっぱ、映像にできないこと、言葉で文章でしか表せないことがものすげー書いてあって、そこをちゃんと読むと、面白い。

馳星周は、常に「間」にいる。日本人と台湾人の間とか、真人間とクズ野郎の間とかね。でもどっちでもなくて、マジでアイデンティティーの危機なんですけどっていう。
危機っていうか、アイデンティティーないんですけどみたいな。限りなく透明に近いブルーじゃなくて、透明でもブルーでもない何かですって感じで。

てかそれもう色じゃないんだけどね。

そこに立ってることは、もう『不夜城』の頃から明らかなんだけど、『雪月夜』では、それをより丁寧に書いてる上に、小説のストーリーとしてもちゃんと仕上げてきた感じ。

馳星周は彼のアイデンティティー同様不安定な話をたーくさん書いてるんだけども、個人的には着地がすっきりしなくて、どうも評価しづらいものが多かった。狙ってそうしてるところも多分にあると思うんだけどね。
超際どくて審判も一瞬迷って、ボールにしちゃうような投球が多かった。超速くて変化もキレてて、でもストライクにならない感じ。
それが『雪月夜』では、相変わらず敢えて微妙なところを突きながらも、ベテランのアンパイアにストライクを確信させる出来。マジダルビッシュ。


日本とロシアの間を覗きたい人にお勧めなよい小説ですね。