入院生活のまとめの続きです。


その前に手術結果について一言。

手術はカメラを使っての行われました。小さな穴を3つほど開けただけで済みました。しかし、肺に癒着があったため、それをはがすのに時間がかかったそうです。

肺の悪い部分を切除したあとは、再発の確率を下げるため、肺を癒着させたそうです。
皮下気腫がでました。それから、肌が弱いらしく、テープ負けして水ぶくれになりました。(手術の間しか張ってないはずだけど)

ちなみに、主治医はかなり若く、まじめそうな印象があります。
受け持ちの看護士は美人で、私が思うに富田靖子似です。


前後関係が思いだせないのですが、おぼろげな記憶とメールでのやりとりなどを頼りに簡単に書きたいと思います。


2/4(日) 体調回復。

この日から歩行が可能になりました。点滴台をコロコロころがしながらですが。
食事はまだ御粥です。おかずは普通です。食欲も出てきました。

英語の勉強を始め、別大マラソンも見ました。

この日で点滴も終わり、あと体についているのはドレーン(管)だけに。


2/5(月) ドレーン抜ける。

この日は朝食に驚きました。普通の米にもどっていたのですが、ほんの少ししか入っていなかったからです。

うれしいのは体から管がなくなったことです。
管を抜いたあとステイプラー(ホッチキス)で止めるのですが、前回は痛み止めをせずに止めたのでかなりの激痛でした。今回も覚悟していたのですが、前回と違う先生でで痛み止めしてくれました。


2/6(火)

この日は、確か友人がお見舞いが来ました。
普段、あまり話す機会がないのですが、この日は小1時間話しました。

御飯の量は増えました。


2/7(水)

確かはがきを書きました。暇なので。
退院の日にちが定まり、Aさんに遭遇したのも
おそらく、この頃でしょう。


2/8 (木)

シャワーを浴びる。湯船にはつかれませんが、すっきりしました。


2/9(金)

退屈を謳歌するも、夜に微熱アリ。


2/10(土)

退院。父が迎えに来る。




最後がいいかげんですが、以上が入院生活の概要です。質問お待ちしています。

13日から仕事復帰の予定です。

入院生活を簡単に振り返ります。まずは手術前後の3日間から。


2/1(木)入院、手術前日。

外来で手術の説明を受け、レントゲンをとってから病室へ。大部屋が満員だったので、個室へ。
エレベーター前で高校の同級生T君と遭遇。


2/2(金)手術当日。

自分の足で手術室へ行き、入口で着替える。自分で手術台の上に寝る。体中にいろいろな装置がつけられる。自分でも緊張しているのが分かる。

手から点滴の注射が刺される。これが一番痛いらしい。「ごめんなさい、ホントごめんなさい」と言われるもそれほど痛くない。次は背中から麻酔の注射。背中を丸め、胎児のような格好をする。これもそれほど痛くない。
点滴に麻酔が入る。目の前がぼやけてきて、意識がなくなる。




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目覚める。どうやらICUのようだ。何時間たったのだろう。相変わらず、全身に器具がついている。口には酸素マスク、指にはの酸素を測る機械、心電図、背中に痛みどめ。そして、おそらく左脇の下からは管が伸びているはずだ。痛みはそれほどない。
家族がいる。が、麻酔のせいかすぐ眠ってしまう。

18時。面会時間である。家族と一こと、二ことかわす。母が横にある大きな装置の画面を見て、酸素は十分だとか言う。
面会は短時間で終わる。そして眠りへ。


2/3(土) 手術翌日。地獄の一日。

朝、目覚めるとのどの奥の方に唾がたまって息がしづらい。口の中もねちょねちょしている。
ナースコールをする。うがい、歯磨をさせてもらう。どうもすっきりしない。水を飲んでも無理だ。

朝食が、運ばれてくるも食欲なし。

痰がからんでいるのではないかということで、痰を出やすくする煙りを吸入してみる。
咳をすると同時に、痰をだそうとするがうまくいかない。かわりに、リバース。
痛みどめを変えたりするも効果なし。 格闘が続く。



このあたりの体調は複雑で痰がからんでいるのか、気分が悪いのか良く分からない状況。やがて、体に無駄な力が入りだし、息ができないのが一番の苦痛になる。


いろいろあって、昼からは一般病棟に移ることになる。体調は相変わらず悪いので、ベットのまま一般病棟へ今度は大部屋。

母が面会に来ている。母がいる分、精神的には楽である。しかし、相変わらず息ができない。もどかしいので、体を起こすことにする。体を起こすと少し息がしやすい。しかし、きついのですぐ横になる。以下、起きたり寝たりを繰り返す。

だが、息苦しいのは相変わらずなので、思い切って酸素マスクをはずす、そしてある管もはずす。これで体に点滴とドレーンしか付いていなくなる。次第に息ができるようになり、夕飯も少しは食べられるようになる。起きたり寝たりを繰り返しながら、就寝。

何が原因で苦しかったのか分からない。精神的なことだったのかもしれないし、痛みどめの生かもしれない。酸素や管が外れてすっきりしたからかもしれない。今となっては謎である。


それにしても、ICUの看護師(女性)はかっこよかった。名札は見たが、名前は忘れた。おそらく夜勤だった。かなりの時間あの手この手を使って、私の具合をよくしようとしてくれた。うがいした水を誤ってかけても、文句一つ言わなかった(仕事だからといえばそれまでだが)。決して美人ではないが、声もかっこよかった。
その後具合が良くなってから、ひと言、ふた言話したが、感謝の気持ちを充分に伝えられなかったのが心残りである。本当にありがとうございました。






本日(10日)無事退院しました。


昨夜も微熱があったので、体調は万全とは言えませんが、ぼちぼち頑張ろうと思います。


手術の翌日は苦しくて、「息の仕方を忘れてしまったんじゃないか」と思うくらいでした。
このまま退院できないんじゃないかとも思いました。


しかし、体調も徐々に良くなり、お見舞いに来た友人と久しぶりにじっくり話をしたり、同級生の顔も見れたので、入院生活も悪いことばかりじゃないなと思いました。


皆さん、心配おかけしました。<(_ _)>



体調はすこぶるいい。手術翌日の苦しみが嘘のようだ。ダラリと身体にぶらさがっていた管もとれた。早く退院できるといいなぁ。