いつもありがとうございます。
驚くような話を聞きました。
ChatGPTに回答してもらえない人たちが
いるというのです。
「どういうこと?」と訊くと、
言語化する力や、
質問する力が足りなくて、
AIが何を求められているのか
理解できないのだそうです。
さらに驚くことに、
こうしたケースは意外と多く、
生成AIを使い始めてみたものの、
うまく使えなくて離れていく人も
少なくないと言います。
わたしはこの話を聞いたとき、
「本当にそんなに多いのだろうか?」と
少し不思議に思いました。
けれど調べてみると、
生成AIを使っている人は、
実はまだそれほど多くありません。
日本では、およそ3人に1人程度。
しかも、わたしと同じくらいの年代では、
その割合はもっと低くなります。
そう考えると、
わたしの周りでAIを使っている人が
あまり多くないように感じるのも、
無理はないのかもしれません。
そして、もうひとつ気づいたことがあります。
それは、
「使っている人」よりも、
「使いこなしている人」のほうが、
さらに少ないということです。
実は、わたしは以前から、
言語化が苦手な人は
とても多いと感じていました。
そして、「質問する力」となると、
さらに少ないように思います。
なぜそう感じてきたのかというと、
わたしの仕事が関係しています。
コーチングやカウンセリングでは、
「言語」がとても重要な役割を果たします。
自分がどんな状況にあるのか。
今、どんな状態なのか。
そして、本当はどうなりたいのか。
それを言葉で表していくことが、
変化の入口になるからです。
けれど実際には、
自分の状態や望みを
言葉で伝えられない人が、
思っている以上に多いのです。
わたしは、
この「言語化力の低さ」は、
実はかなり深刻な問題かもしれない
と感じています。
必要だと思っても、
カウンセリングやコーチングを
受けること自体がハードルになってしまう。
コミュニケーションがうまくいかず、
伝えたいことが伝わらない。
そして今の時代で言えば、
AIを使いこなせないということは、
時代の恩恵を
自ら手放してしまうことにも
つながりかねません。
さらに、
セッションの現場で感じることがあります。
それは、
言語の力だけではなく、
「感覚」の力も弱くなっている人が
増えているということです。
自分の身体の感覚。
違和感や心地良さ。
好き嫌いの微細な感触──
そうした非言語の感覚が
うまくつかめないまま、
フリーズしてしまう人が多いのです。
これは、一体どういうことなんだろう…
最近、わたしは
少し得体のしれない恐さのようなものを
感じてしまうのです。
では、どうすればいいのでしょうか?
わたしが思っているのは、
何も特別なことではなく、
毎日、少しずつ、
感覚を取り戻していくこと。
そして、
言葉にしていく練習を重ねていくこと──
そんなことが、
大切なのではないか…ということです。
感覚を取り戻すといっても、
難しいことではありません。
たとえば、
自然に触れること。
風の冷たさや、
光のやわらかさ…
空気の匂い、
音、
肌に触れる温度…
そうしたものを、
ただ、感じる。
五感を呼び覚ますような体験は、
わたしたちが本来持っている感覚を
そうっと、思い出させてくれます。
わたしにとっては、
セッションで人の身体に触れることも、
その最たる体験であり、訓練でもあります。
触れていると、
言葉になる前の情報が、
たくさん伝わってくるからです。
そしてもうひとつは、
言語化の練習です。
日記を書くこと。
ブログを綴ること。
SNSで発信してみること。
上手に書こうとしなくてもいい。
ただ、自分が感じたことや考えたことを、
言葉にしてみる。
それを繰り返していくうちに、
少しずつ、
自分の内側が見えるようになり、
伝える力も育っていくのだと思います。
AIを使うことも、
実はその延長線上にあるのかもしれません。
問いを立てること。
自分の考えを言葉にすること。
そして、対話を重ねること。
それは、
機械と話しているようでいて、
実は、
自分自身と
向き合っている時間でもあるのです。
得体のしれない恐さを感じながらも、
わたしは今日も、
感覚を取り戻し、
言葉を探し続けています。
自分自身を見失わないように…
自分らしくいられるように。







