今年のM-1優勝コンビ、女性の予想1位は「笑い飯」
 トレンダーズ株式会社は、「M-1グランプリ」に関する意識調査を、20~39歳の働く女性506名に実..........≪続きを読む≫
[アメーバニュース]
大井競馬場まで敗者復活戦見てきた。
とにかく寒かった。

敗者復活戦を勝ち上がったのはパンクブーブーだった。2年連続での前年チャンピオンの勝ち上がりという面白くない展開に、場内ではおーーーという歓声とともにえーーーっという非難の声も上がった。
チャンピオンはもうでないでほしいってみんな思ってるだろう。少なくとも敗者復活には。でも芸人の癖にKYなことしちゃうほどm-1ってガチなんだよね。
隣に座っていた人がナイツファンだったらしく「ナイツの勘違い」とかいう書籍を握り締め祈るようにナイツの漫才を見ていた。敗退した後はずっとないていた。
重いなあ。なにか宗教的なものすら感じさせた。

それくらいm-1って見る側もやる側も過剰になってしまっている。
ジャルジャルの漫才の後の審査員全員が困り倒しているところは笑ってしまった。
今回のm-1みていたら今年でm-1が最後なのもしょうがない気がした。
ナイツが2年前のネタを前フリにしたり、去年の笑い飯のネタのチンポジのことを何度も複数の人がネタにしていたのをみてると、これ何の前知識もないひとがはじめてみたとして純粋にその日一番面白かったコンビを決めるものになってるかって言うとそうじゃないように感じると思う。
チンポジってなんだよって去年見てない人は思っただろうな。
いやチンポジの意味はわかってるだろうが。
番組として悪いほうに成熟してしまったというか。年に一度の番組でこんなことになるとは。
まあ今年だけ特にっていう部分もあるけど。
今年初めてm-1を見たという人は感想を聞かせてほしい。そんなお笑いファンはもういないだろうか。
最終決戦の審査は凄く難しかったと思う。
結局リラックスしてやっていた笑い飯が優勝した。
ずっと見続けてきたm-1ファン、笑い飯ファンとしては嬉しい最後だ。

客観的に見てもまあ妥当だったと思う。
笑い飯、おめでとう。


松本人志のラジオを聴いていてすごく気になったことがあったので話す。 ラジオの話題はスポーツの才能(身体能力の高さ)は遺伝するが笑いの才能は遺伝するか、そして笑いの英才教育は可能か、ということについてであった。


松本は自分が女芸人と結婚し子供ができたとしてもその子供はお笑いには向いていないだろうと話す。 根拠はお笑いに向いている発想力のある人材は何らかの屈折のようなものが必要であり、あたたかい家庭からはそのような子供がそだたないからだという。


ちなみに松本自身は子供時代に貧乏であったことが自分の人格を屈折させ笑いの才能を育てたのだという。


私は屈折が笑いに必要な発想力を伸ばすのではなく、発想力のある人間は屈折してしまいがちなどではないかと考えている。理由は最後に述べる。


以下松本人志のラジオ、「放送室」第119回より引用。高須は高須光聖。


高須 久本(久本雅美)さんとあんたが結婚しますわなあ。

松本 うんうんうん。

高須 松本人志。顔はどうであれ

松本 うんうん。

高須 まあ、産まれた子供は、そこそこおもろくても、おかしないですよ。

松本 あのねえ、高須 うん。松本 それは違うんですよ。高須さん。

高須 うん。それはどう違いますか?

松本 あのねえ、

高須 うん。松本 結局そのー、楽しい子にはなると思うんですよ。

高須 なるほど。明るくて。松本 明るくて。えー、でも、それが「面白い」と捉えるかどうか。それが、面白い人もいますよ?

高須 うん。

松本 そういう人には「あそこの子は、お父さんもお母さんも笑いの人やから、楽しいなあ、あの子は面白いなー。面白い子やでー。あの子も、また絶対、芸能界でコメディアンでやっていきはるわー。」って言われるか知らんけど、

高須 知らんけど。

松本 玄人目から見たら、そんなにおもろい奴ではないと思うね。「陽気な奴やなー。」おちょ、おちょけちょんなーみたいなね。



ここにおいて松本は「明るい人」「楽しい人」は「面白い人」とは違うと考え、否定的にとらえている。しかし別の回ではお笑い芸人として場を明るくする能力を持っていることの重要性を述べていることもあり、見解はあいまいだ。


私はお笑い芸人には「明るい人」「楽しい人」であること、そして「面白い人」であることの両方が求められると考える。両方必要とされるが、どんな立ち位置を持つかによって必要とされる能力が違う。ほとんどの芸人は二つの能力をバランスよく持っている。


では「明るい人」「楽しい人」タイプの芸人と「面白い人」タイプの芸人をその度合いによってわけて具体例を出しながら説明しよう。

まず「明るい人」「楽しい人」に分類されるもっともわかりやすい芸人から。


これはロンドンブーツの田村淳があげられるだろう。


こちらの芸人はものすごく面白いことは言わないが、60点から80点くらいの笑いをコンスタントに作り出すことが得意で司会者に向いている。


次に「面白い人」に分類される最もわかりやすい芸人。


これは板尾創路をあげることができるだろう。 こちらのタイプは独創的で発想力に優れているが、自分の笑いへ求める水準が高く、自分が100点だと思えることしかいわない。またそもそも暗いたちであるために、発言が少ない。司会は向いていないが大喜利などでは大変優秀なタイプである。


普通の面白い人と芸人とを分けるのは「面白い人」に分類される側に必要とされる能力の差によるところが大きい。そして「明るい人」「楽しい人」である能力は環境によって育てることができるが、「面白い人」である能力は環境によっては育てにくいのである。 発想力や感性は天性によるところが大きい(笑いに必要な能力をもっと細分化してみていくとまた違ってくるのだが今回述べるのはやめておく。)のだ。


そのために松本は笑いの才能は遺伝せず、笑いの英才教育は不可能であると考えたのである。 しかし実際には田村淳のようなほとんど「明るい人」「楽しい人」である能力だけで一線級の活躍をする芸人もいることから、両親が芸人で幼いころから笑いの環境がよければ、2世芸人が育つ可能性も十分にあるとかんがえられるだろう。


では、最後にどうして発想力のある人間は屈折してしまいがちなのかについて述べよう。 板尾創路を観察しているとわかるのだが、彼はADHD的な資質を持っている。ものすごく乱暴な説明をするとADHDイコール天然ボケなのだが興味のある人は調べてほしい。


板尾創路の天然ボケのエピソードとしては次のようなものがある。


・透明のガラスによく当たるが、当たっても顔色を変えることなく髪をかき上げる。


・レストランでメニューを逆さまにしたまましばらく見続ける。


とにかくこういったエピソードには枚挙に暇がない。


ADHDの人は頭が整理されていないために変な発想が出てくることがある。これがよい面として機能することもある。


しかし普通の人が当たり前にできることで失敗するのでそこで屈折することも多い。 実はADHDは遺伝する可能性があると考えられているので、笑いの才能は遺伝すると考えてもよさそうではある。


しかし発想型の松本人志はすごいきっちりしていて失敗も少ないタイプらしいから全部の芸人にあてはまるわけではなさそうだ。


発想と屈折の関係についてしばらく考えたい。