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「あの朝空気が燃えた」
作品コンセプト

 
僕は18歳から22歳までの4年間建築学科の学生として広島にいました。
今から50年ほど前のことです。
僕は休日にはスケッチブックを持って町を行く人や駅で電車を待ってる人たちをちょっと離れた位置からスケッチしてました。
春が過ぎ夏になり、市内電車に乗ってると若い女性のスカートの下に見える脚と半袖の服から出た腕に生々しいケロイドを見ました。
あの日から22年目の夏ですから、当時小学生の人は20代後半から30代、ちょうどその人くらいです。
下宿のおばさんもあの朝、市内中心部にある店に向かったご主人とその両親が蒸発したように消え去り、郊外の家で家事の残りをしていた自分だけが残ったと、話してくれました。
心に大きな傷を負い、身体は放射線を浴びた影響で病院通いが日常のようでした。
 
時は過ぎ
僕はあるゼネコンの建築技術者として現場の施工管理の仕事をしていました。
今から30数年前、ある現場で一緒に仕事をした10歳ほど年上の設備担当者のN氏に広島での体験を話すと、
彼は「実は私も原爆手帳を持っている、、、」と話してくれたのは、あの日の朝のことです。市内中心部から少し離れた比治山に住まいがあって、その朝彼はゴムのパチンコで小石を飛ばして遊んでいたのです。何度目かにパチンコを撃った瞬間に空に閃光があって市内中心部の上空の空気が真っ赤に燃えて火の玉になってるのを見たということです。そしてその直後猛烈な爆風で何メートルか吹き飛ばされたそうです。
僕は「空気が燃えてる」その言葉が心に焼き付きました。
その話をしてくれたN氏もその現場が終わって5年ほどして亡くなりました。
 
そしてこの経験や聞いた話は僕の心の大切な場所にしまい込んだままでした。
 
 
今年の5月27日オバマ大統領が広島を訪問し慰霊碑に献花の後演説をしたその様子を僕はずっとテレビで生中継を見てました。
大統領の演説は心に響くものがあり、僕の記憶を呼び戻しました。
この感情を作品にしようと心に決めました。
試行錯誤を繰り返すうちに
作品として表現するのにもう一つしまい込んでいたメモを思い出しました。
阪神淡路大震災の時の経験と東日本大震災の映像から受けた衝撃が葉の落ちた冬の樹々に重なりイメージとなった時の
「手の群れ」と名付けた僕のメモ
 
「助けを求める手、苦しみにもがく手、無念の手、祈りの手、諦めの手、愛する人を求める手、恐怖に震える手、辛さに耐える手、魂が抜け出る手、手、手、手
手の群れは訴え語りかける
冬の山の樹々がそんな手の群れに見えてくる。」
 
このような種々の想いが今回の作品を産み出させてくれました。
 
Sam