久しぶりに神保町をうろついた。
以前は映画を観にしばしば訪れていたのだが、岩波ホールはなくなり、古い映画をあまり見なくなって神保町シアターにも足が向かなくなっていたのだ。

古本屋は外から眺めて楽しむにとどめ、新本を扱う大き目の書店に入る。
家の近所の書店と同じようなものと思って棚を眺めて、驚いた。まったく違う。
わたしの見たい世界、知りたい世界がぎっしり詰まっていて、どの棚も小さな星が集まっているように輝いている。
棚の作り方がいいのだと思うのだが、それによってまったく違う世界が現れる不思議。

 

 

こういう書店、いろいろと事情があってずいぶんと来ていなかった。
それでも素晴らしい書物には出会ってきたけれど、めぼしい本が見つからず、時間つぶしの読み物で済ませることも多かった。
一生かけても読み切れない宝の山が、近くにあったというのに。失われた時間を思って、悲しくなってしまった。

もう適当な本で時間をつぶすのはやめよう。

 

なにかにつけ、残りの時間というものを考えてしまう。

たとえ生きていても、今日までできたことが、突然できなくなることもある。

心から読みたいと思う本を読む(高尚な本という意味ではない)、やりたいことをやる(休むことも含めて)、それができるなら。