世界的に大人気のソプラノ歌手、ルネ・フレミングの自伝。


有名な歌手の自伝と言うと、華やかな交友録や悲惨な苦労話、スキャンダル、が多い印象なのですが、これは「私がいかにして自分の声を発見したか、いかにして声を磨き上げたか、そして、それがいかに私自身をも磨くことになったかという物語」。彼女自身がかつて、先輩歌手の自伝にそれを求めて、見つからなかった、だから自分で書くことにした、と。


世界のプリマドンナがどんな訓練をして、どんなことに気を付けて、どんなふうに声を出して、守ってきたか、ということがとても具体的に書いてあって、趣味で声楽を習ってるくらいではまったく想像もつかない先の世界が見えて、貪るように読みました。
あの声、あの歌、あの舞台は、これほどの努力と、細心の注意と、情熱と向上心で創られてきたのですね。

歌の世界を見くびっていたつもりはないけど、あらためてあの歌は宝だなと感じます。

 

たくさん書きたいことがありますが、特に印象に残ったことをふたつ。
 

オペラ知らない人も知ってそうな、プッチーニの「私のお父さん」。


本の中盤、舞台でうまくいかずに落ち込む彼女を、師匠が諭す場面があります。
「もっと自分に寛大になりなさい。プロとして歌ってはいても、あなたはまだまだ修行中なのよ。身につけなくちゃいけないことはいっぱいある。それを、仕事しながら、人の目にさらされながらやり遂げなきゃいけないのよ」。

修業に終わりはないから、完成品になってから観衆の前に立とうなんて言っていたら来世になってしまう。

未完成な姿をプロとして人の評価にさらす時がきます。

うまくいかない自分を責めるのは、考えようによっては傲慢なのかもしれません。

 

『ばらの騎士』から。三重唱で、うす紫の衣装がフレミング。舞台上の姿はとりわけ素敵


もうひとつは、幕間に観客として来ていた大歌手が楽屋を訪れたり、指揮者が電話してきたりして、その日の彼女がいかに素晴らしいかを伝える場面(それがまたプラシド・ドミンゴでありゲルギエフであるのだ)。
すでに数知れない舞台に立ち、喝采を浴び続けていても、「この期に及んでもまだ、こういうポジティブな励ましが必要なのだ」。

そんなにひりひりしながら、あの歌が生まれてるんですね。

歌のためにいろんな人に相談しまくり、支えを求めまくる、そんな泥臭さや、泥臭い姿をさらっと書いてしまえるところも、彼女の魅力。
ルネ・フレミングは庶民的なイメージがあって、正直なところこれまで歌声も含めてそれほど…は関心なかったのですが、読んだ後は歌も大好きになってしまった。