17日に愛猫2代目ミィが亡くなりました
まだ3日しか経ってない
亡くなって3日
入院して離れて今日で1週間
一匹居なくなっただけで
こうも家の雰囲気が変わるのか
一緒に居た保護猫のハナも
時々ミィを探しています
幼い頃から鳥や犬や猫を飼っていましたが
一番泣きました 今でも涙が出てきます
お別れはとても悲しいけれど
一緒に暮らしていて
それ以上のものをくれます
残してくれたものはとても大きい
子どもたちにも沢山の思い出と
命の大切さを教えてくれました
以前にも書きましたが
「死ねばいいのに」とか「死にたい」
という言葉が大嫌いです
「命」というものを
そう簡単に言っていいものではない
生きたくても生きられない命もある
実際にそういう場面を見たことが無い
感じたことが無い人が言っているのだと思う
大家族で家で看取りや
葬儀をしていた時代では
幼い頃からそういう場面に
接することがあったけれど
今では家で看取りもしなければ
葬儀も簡素になってきた
農作業の為に
馬や牛を飼う時代でもなく
住環境のためペットを飼えなかったりなど
昔と比べて
「死」というものに
向き合うということが無い
その中で上に書いた様な言葉が
簡単に出てきてしまうのは
仕方がないことかもしれないが
それは親や回りの教えで
変わるのではないだろうか
ペットと暮らすということは
命を預けてもらうということ
ただ可愛いから寂しいから飼う
だけではない大きな責任が伴う
彼らは体は小さいが自分たちと
対等の人生を持っている
一緒に暮らしている中で命とはなにか
生きるとはなにかを一番身近に教えてくれる
大きな先生だと思う
ただいま通院中のハナ
舌しまい忘れ常習犯です
今ある命を最大限に
今ある時を最高に
ayano
