Due Mesi
イタリアに来てから2ヵ月以上経過した
あと1ヵ月で秋学期が終わるって考えると本当に速い
現状は楽しいけど、満足いくものではない、ただ訳のわからない焦りを感じてる
一回思考を整理
・英語―コミュニケーション手段としては使える、けど自分の言いたいことをちゃんと相手に伝えられてる気がしない、リスニング力も全っ然足りない
そもそもおれの周りにいるのはnon-nativeの人たちばかりで、本気で英語学びたいならアメリカかイギリス行けよって話。個人的には英語はコミュニケーションツールの1つであると考えているのでいいんですけど…、でもやっぱり英語上手くなりたいよね…
・イタリア語―日本語に似てるってのは本当、母音が日本語と一緒で5つしかない(方言によっては変わるかも)から、発音しやすいし聞きやすい、リズムもいいから話したくなる。英語より早く習得できる言語だと思う。そして意外とかわいい言語だと思う。もっと勉強する。
それから方言について。南イタリア旅行してわかったけど、発音が全然違う!南イタリアは一部フランス語っぽく聞こえる(カ行の発音?)。北イタリアのほうが俄然聞き取りやすい
・中国語―なんでイタリアに来て中国語なのかって、中国人と台湾人がいっぱいいるからですよ。せっかく勉強したのに全然覚えてないのが悔しい。もっと中国語できたらもっと打ち解けられたのになーって思うんです
・AIESEC―イタリア語読みはアイゼック。日本で諦めたものにイタリアで出会ったら、もう飛び込むしかないでしょう。仕事の様子とか後日書きます
・みんなベルルスコーニは嫌い。誰に聞いても、ベルルスコーニは死ねばいい、って言う笑。あの主首はイタリアの国民性を反映しているのかと思っていたけど、どうやら思い違いだったようです。さすがにあれだけひどければねえ
・イタリア人の着信音はみんな同じ、というか数種類しかない
・自己分析―こっちに来て、自己管理は以前よりしっかりできるようにはなったと思う。炊事洗濯はだいたい自分でやっている。でも悪いくせが一つ。準備不足。完璧に準備が終わってないのにやった気になっちゃうのはよくない。追い込まれるのは自分だ、気を引き締めろ!
行動力は確実についてる。待ってるだけじゃ何も得られないことがわかった。語学もそう、使わなきゃ伸びない。
それから自分の興味のある分野が少し見えてきた。国際関係学。グローバリゼーション。そしてこれを学ぶ以上、今まで興味なくて避けてきた経済や政治の知識もつけなきゃいけないのだろう。もちろん文化も。
ていうか絶対的に知識量が足りない。特に自分の国、日本に関する知識。イギリス人の教授の日本に関する質問に毎回答えられなくて、何も知らないって言われた。まずい。
・日本―今現在、まだ日本は恋しくない。日本食とか、そりゃあったら食べたいけど、飢えてない。日本だったらもっと便利なのになーとか考えたりはするし、早スカのイベント参加したかったなーとももちろん思うけど、まだ大丈夫、頑張れる。ただ日本で今何が起こってるかさっぱりわからないので何か大変なことが起こったら教えてくれると嬉しいです
・スカッシュ―こっち来てからちゃんと打ったのは1回だけ。実は以前紹介したスカッシュ経験者というあのイラン人、まともに打てませんでした。期待していただけに残念。コートも近いとは言えないので、頻繁には行けなそうです。フラストレーション。
・食事―主食はパスタ、基本的にトマトソースとペペロンチーノ、クリームソースのローテーション、時々ピザ、ケバブ、朝はパン。
他にも色々書こうと思ってたことがあったんだけど、長くなるからまた次回にでも
ciao ciao
あと1ヵ月で秋学期が終わるって考えると本当に速い
現状は楽しいけど、満足いくものではない、ただ訳のわからない焦りを感じてる
一回思考を整理
・英語―コミュニケーション手段としては使える、けど自分の言いたいことをちゃんと相手に伝えられてる気がしない、リスニング力も全っ然足りない
そもそもおれの周りにいるのはnon-nativeの人たちばかりで、本気で英語学びたいならアメリカかイギリス行けよって話。個人的には英語はコミュニケーションツールの1つであると考えているのでいいんですけど…、でもやっぱり英語上手くなりたいよね…
・イタリア語―日本語に似てるってのは本当、母音が日本語と一緒で5つしかない(方言によっては変わるかも)から、発音しやすいし聞きやすい、リズムもいいから話したくなる。英語より早く習得できる言語だと思う。そして意外とかわいい言語だと思う。もっと勉強する。
それから方言について。南イタリア旅行してわかったけど、発音が全然違う!南イタリアは一部フランス語っぽく聞こえる(カ行の発音?)。北イタリアのほうが俄然聞き取りやすい
・中国語―なんでイタリアに来て中国語なのかって、中国人と台湾人がいっぱいいるからですよ。せっかく勉強したのに全然覚えてないのが悔しい。もっと中国語できたらもっと打ち解けられたのになーって思うんです
・AIESEC―イタリア語読みはアイゼック。日本で諦めたものにイタリアで出会ったら、もう飛び込むしかないでしょう。仕事の様子とか後日書きます
・みんなベルルスコーニは嫌い。誰に聞いても、ベルルスコーニは死ねばいい、って言う笑。あの主首はイタリアの国民性を反映しているのかと思っていたけど、どうやら思い違いだったようです。さすがにあれだけひどければねえ
・イタリア人の着信音はみんな同じ、というか数種類しかない
・自己分析―こっちに来て、自己管理は以前よりしっかりできるようにはなったと思う。炊事洗濯はだいたい自分でやっている。でも悪いくせが一つ。準備不足。完璧に準備が終わってないのにやった気になっちゃうのはよくない。追い込まれるのは自分だ、気を引き締めろ!
行動力は確実についてる。待ってるだけじゃ何も得られないことがわかった。語学もそう、使わなきゃ伸びない。
それから自分の興味のある分野が少し見えてきた。国際関係学。グローバリゼーション。そしてこれを学ぶ以上、今まで興味なくて避けてきた経済や政治の知識もつけなきゃいけないのだろう。もちろん文化も。
ていうか絶対的に知識量が足りない。特に自分の国、日本に関する知識。イギリス人の教授の日本に関する質問に毎回答えられなくて、何も知らないって言われた。まずい。
・日本―今現在、まだ日本は恋しくない。日本食とか、そりゃあったら食べたいけど、飢えてない。日本だったらもっと便利なのになーとか考えたりはするし、早スカのイベント参加したかったなーとももちろん思うけど、まだ大丈夫、頑張れる。ただ日本で今何が起こってるかさっぱりわからないので何か大変なことが起こったら教えてくれると嬉しいです
・スカッシュ―こっち来てからちゃんと打ったのは1回だけ。実は以前紹介したスカッシュ経験者というあのイラン人、まともに打てませんでした。期待していただけに残念。コートも近いとは言えないので、頻繁には行けなそうです。フラストレーション。
・食事―主食はパスタ、基本的にトマトソースとペペロンチーノ、クリームソースのローテーション、時々ピザ、ケバブ、朝はパン。
他にも色々書こうと思ってたことがあったんだけど、長くなるからまた次回にでも
ciao ciao
Roma-Amarfi-Napoli(3)
世界は広いけど狭い
慶子を加えた一行はアマルフィからナポリに向かう
予定ではナポリのホテルに荷物を置いて、ポンペイに向かうはずでした、が
電車がストライキ
勘弁してくれよ…
バスはどこから出てるかわからないし
とさまよっていたら、前日船で会った台湾人の団体と遭遇したんです
まあ、あいさつしかしてないんですけど
でもこういうことって結構あるんだなーって驚きました
結局ポンペイはあきらめて、ナポリを観光しようってことに決まったので
向かうはナポリ歴史地区
この時点でもう夜だったが人通りは意外と多い
さすがに10時以降は人が全くいなかったけど、気をつけてさえいれば大丈夫なんでは?
ナポリはイタリアで一番治安が悪いとか言いますが、スリより車が怖かった
車道は大混雑、問答無用でつっこんでくる、しかし歩行者も問答無用で横切っていく笑
ヌオーヴォ城やら広場やらを見た後
夜景を見よう!と丘へ登ることに
ナポリは香港、函館と並ぶ世界3大夜景のひとつなのです
残念ながら、一番の夜景スポットは遠くて夜は危なそう、ということで断念
近場の高いところに登ってみました
小一時間階段を上り下りしてやっと高台スポットに着いて
確かにきれい、明りが穏やかな色をしていて、落ち着いた夜景でした
しかし、あろうことか木が邪魔でサンタルチア港が見えない!
一番見たいとこなのに!
ということで、若干心残りができてしまいました
写真も撮ったけど上手く撮れなかったし…
気を取り直して次の日ポンペイへ!
と思ったらまだストライキやってるよこの人たち…
本当に仕事しねーwwって近くにいた日本人の旅人と話したりして
まあ代替便が出てたんだけど
そこに行くまでに迷って知らないおじさんに案内してもらって
その時に、同じくポンペイに向かうロシア人のおばちゃん2人組と知り合って
なんだこれ、楽し
ポンペイに着いたら着いたで、すぐに遺跡というわけではなく(ポンペイは町の名前で、別にポンペイの遺跡がある)
バスか何かないかとうろうろしてたら、ロシア人のおばちゃんたちが「歩いて行けるみたいだから行きましょう!」って(イタリア語で)話しかけてくれて、ポンペイまで一緒に歩いて行きました
途中の会話は全部イタリア語
おばちゃんたちすごく勢いあって(大阪のおばちゃんみたいw)イタリア語上手
こういう時もっと話せたらなって思う、せっかく知り合えたんだからなー
おばちゃんたちと別れて遺跡の中へ
これはすごい
遺跡、てか町自体がそのまま残っている
ポンペイが滅んだのは西暦79年なんだけど、その頃すでに車道と歩道が分かれてるのね、どんな細い道でも

繁栄してたんだなー
そしてあの日本人の旅人とまた遭遇
旅は道連れ、一期一会、袖触れ合うも他生の縁、日本語にはいい言葉がたくさんある
旅っていいなあって思う一瞬
時間があればもっと色々話せたんだけど
時間がなくて、ポンペイも見きれなくて、残念
それからナポリ戻ってローマに行って空港行って
全部電車がちょっとずつ遅れて
飛行機ぎりぎり間に合わなくて
死にたくなりました
飛行機を逃すとか何事
無事帰ってはこれたけど、結局200ユーロ近く無駄にしたのかな
やばい
楽しかったし、濃密だったし、そして色々学んだ1週間でした
慶子を加えた一行はアマルフィからナポリに向かう
予定ではナポリのホテルに荷物を置いて、ポンペイに向かうはずでした、が
電車がストライキ
勘弁してくれよ…
バスはどこから出てるかわからないし
とさまよっていたら、前日船で会った台湾人の団体と遭遇したんです
まあ、あいさつしかしてないんですけど
でもこういうことって結構あるんだなーって驚きました
結局ポンペイはあきらめて、ナポリを観光しようってことに決まったので
向かうはナポリ歴史地区
この時点でもう夜だったが人通りは意外と多い
さすがに10時以降は人が全くいなかったけど、気をつけてさえいれば大丈夫なんでは?
ナポリはイタリアで一番治安が悪いとか言いますが、スリより車が怖かった
車道は大混雑、問答無用でつっこんでくる、しかし歩行者も問答無用で横切っていく笑
ヌオーヴォ城やら広場やらを見た後
夜景を見よう!と丘へ登ることに
ナポリは香港、函館と並ぶ世界3大夜景のひとつなのです
残念ながら、一番の夜景スポットは遠くて夜は危なそう、ということで断念
近場の高いところに登ってみました
小一時間階段を上り下りしてやっと高台スポットに着いて
確かにきれい、明りが穏やかな色をしていて、落ち着いた夜景でした
しかし、あろうことか木が邪魔でサンタルチア港が見えない!
一番見たいとこなのに!
ということで、若干心残りができてしまいました
写真も撮ったけど上手く撮れなかったし…
気を取り直して次の日ポンペイへ!
と思ったらまだストライキやってるよこの人たち…
本当に仕事しねーwwって近くにいた日本人の旅人と話したりして
まあ代替便が出てたんだけど
そこに行くまでに迷って知らないおじさんに案内してもらって
その時に、同じくポンペイに向かうロシア人のおばちゃん2人組と知り合って
なんだこれ、楽し
ポンペイに着いたら着いたで、すぐに遺跡というわけではなく(ポンペイは町の名前で、別にポンペイの遺跡がある)
バスか何かないかとうろうろしてたら、ロシア人のおばちゃんたちが「歩いて行けるみたいだから行きましょう!」って(イタリア語で)話しかけてくれて、ポンペイまで一緒に歩いて行きました
途中の会話は全部イタリア語
おばちゃんたちすごく勢いあって(大阪のおばちゃんみたいw)イタリア語上手
こういう時もっと話せたらなって思う、せっかく知り合えたんだからなー
おばちゃんたちと別れて遺跡の中へ
これはすごい
遺跡、てか町自体がそのまま残っている
ポンペイが滅んだのは西暦79年なんだけど、その頃すでに車道と歩道が分かれてるのね、どんな細い道でも

繁栄してたんだなー
そしてあの日本人の旅人とまた遭遇
旅は道連れ、一期一会、袖触れ合うも他生の縁、日本語にはいい言葉がたくさんある
旅っていいなあって思う一瞬
時間があればもっと色々話せたんだけど
時間がなくて、ポンペイも見きれなくて、残念
それからナポリ戻ってローマに行って空港行って
全部電車がちょっとずつ遅れて
飛行機ぎりぎり間に合わなくて
死にたくなりました
飛行機を逃すとか何事
無事帰ってはこれたけど、結局200ユーロ近く無駄にしたのかな
やばい
楽しかったし、濃密だったし、そして色々学んだ1週間でした
Roma-Amarfi-Napoli(2)
朝の5時、ようやくヴェネチアに着きました
なんとまあ、トラブルに始まりトラブルに終わる旅で、最後は飛行機を逃して寝台列車で帰ってきたのでした
寝台列車はまりそう笑 寝てる間に目的地着いて朝から行動できるし
まあ今だからこうして笑えるけどね、もうね、帰りたかったよね
その帰る手段を逃したのだけど
しかしヴェネチアに着いてこんなに安心するものか
住めば都とはよく言ったもの、帰る家があるって素晴らしい
さて、南イタリア紀行後半戦はアマルフィからスタート

アマルフィのホテルはよかった!
海に面してて部屋から朝日が拝めるし、朝食は海を眺めながら。
アマルフィは朝がきれいです
ヴェネチアでは見られない海の雄大さをアマルフィで見ました
そして、いざカプリ島へ!
ちなみにアマルフィに行くならホテルはソレントに取るのが正解
アマルフィにはバスで行けるし、カプリ島やナポリにもアクセスがいい
アマルフィからカプリ島は船で1時間ちょっと、途中でポジターノという町に止まります
その船で台湾人と仲良くなりました!彼とはまたナポリでも会うことになるんですけど、それはまた別のお話

着きました、カプリ島
天気は良好、波も穏やか、期待高まる
受付のおじさんがアオノドークツ、シマイッシューって言ってたので買い 15ユーロ
青の洞窟は、圧倒的だった
正直何が何だかわからないうちに終わっちゃったんだけど
すごくクリアな、水色に近い青で、自然の色とは思えないようなきれいな色
TVでしか見たことないよ、あんなの

あの海の輝きを、忘れない、忘れたくないって思った
世界にはまだまだ見たことのない景色がたくさんある
世界は広い!旅がしたい!
青の洞窟の後はそのまま船で島を1周
他にも洞窟がたくさんあるし、島の自然眺めてるだけでもだいぶ楽しい
リゾート地だけあって、アルマーニの別荘とかあったし笑
それから、同じくカプリに来ていたあやか、さなえ、トンと合流
カプリの町を散策しました
実はこの日、有名人に遭遇したんです!(おれは知らない人だったけど…)
Sweetって雑誌のモデルとスタイリスト、写真家がいたそうで
あやかがめっちゃ興奮してて笑えた
帰り道、例によってトラブル発生です
まず、アマルフィに直で行く船がない(受付でフィニートって聞くのは何度目か…)
仕方ないからソレントまで行く 45分で着く
バスを探す アマルフィまでの道路が封鎖されてて直通のバスがないと言われる
特別便が出るというので2時間待つ(遠回りしたけど直通だった)
でもソレント散策できてよかった
結局アマルフィ海岸の町はだいぶ巡った
その夜のこと
そいつは突然やってきた
ローマからの電話「アマルフィまでの切符買っちゃった」
って!急だな!その行動力すげーな!
ということでここからはケイコを仲間に加えて3人での旅です
続く
なんとまあ、トラブルに始まりトラブルに終わる旅で、最後は飛行機を逃して寝台列車で帰ってきたのでした
寝台列車はまりそう笑 寝てる間に目的地着いて朝から行動できるし
まあ今だからこうして笑えるけどね、もうね、帰りたかったよね
その帰る手段を逃したのだけど
しかしヴェネチアに着いてこんなに安心するものか
住めば都とはよく言ったもの、帰る家があるって素晴らしい
さて、南イタリア紀行後半戦はアマルフィからスタート

アマルフィのホテルはよかった!
海に面してて部屋から朝日が拝めるし、朝食は海を眺めながら。
アマルフィは朝がきれいです
ヴェネチアでは見られない海の雄大さをアマルフィで見ました
そして、いざカプリ島へ!
ちなみにアマルフィに行くならホテルはソレントに取るのが正解
アマルフィにはバスで行けるし、カプリ島やナポリにもアクセスがいい
アマルフィからカプリ島は船で1時間ちょっと、途中でポジターノという町に止まります
その船で台湾人と仲良くなりました!彼とはまたナポリでも会うことになるんですけど、それはまた別のお話

着きました、カプリ島
天気は良好、波も穏やか、期待高まる
受付のおじさんがアオノドークツ、シマイッシューって言ってたので買い 15ユーロ
青の洞窟は、圧倒的だった
正直何が何だかわからないうちに終わっちゃったんだけど
すごくクリアな、水色に近い青で、自然の色とは思えないようなきれいな色
TVでしか見たことないよ、あんなの

あの海の輝きを、忘れない、忘れたくないって思った
世界にはまだまだ見たことのない景色がたくさんある
世界は広い!旅がしたい!
青の洞窟の後はそのまま船で島を1周
他にも洞窟がたくさんあるし、島の自然眺めてるだけでもだいぶ楽しい
リゾート地だけあって、アルマーニの別荘とかあったし笑
それから、同じくカプリに来ていたあやか、さなえ、トンと合流
カプリの町を散策しました
実はこの日、有名人に遭遇したんです!(おれは知らない人だったけど…)
Sweetって雑誌のモデルとスタイリスト、写真家がいたそうで
あやかがめっちゃ興奮してて笑えた
帰り道、例によってトラブル発生です
まず、アマルフィに直で行く船がない(受付でフィニートって聞くのは何度目か…)
仕方ないからソレントまで行く 45分で着く
バスを探す アマルフィまでの道路が封鎖されてて直通のバスがないと言われる
特別便が出るというので2時間待つ(遠回りしたけど直通だった)
でもソレント散策できてよかった
結局アマルフィ海岸の町はだいぶ巡った
その夜のこと
そいつは突然やってきた
ローマからの電話「アマルフィまでの切符買っちゃった」
って!急だな!その行動力すげーな!
ということでここからはケイコを仲間に加えて3人での旅です
続く