たいへんのごぶさたでございます。
どうも、吉田Pでございます。
彩りの多い、いい季節になってまいりました。
さて、今日のテーマは「ゆたんぽから見る」です。
たまにpodcastを聞くんだが、
それがとても面白かった。
ある大学の教授が「ゆたんぽ」を
研究していて、その体系や来歴を調べているというお話。
「ゆたんぽの形態成立とその変化に関する考察」という論文をひたすら書き続けた先生だそうで(「家政学」だそうで、なるほど)。
細かい部分は長くなるので大幅に端折るけれど、非常に興味深かった。
びっくりしたのは、その考察から
「ゆたんぽは“西洋由来”なんじゃないか?」というお話で。
※もともとは中国から室町時代あたりに「医療器具」として伝わったらしいが。
実はフェルメールとかレンブラントの西洋絵画を細かーくみていくと、
そこには「ゆたんぽ」が描かれてる(らしい)。
で、江戸時代の徳川○○(忘れた)が使ってたゆたんぽの口が「ねじ式」で、
その頃のアジアの陶器文化に
「ねじ式」は存在しなかった(らしい)。
よってこれは西洋から将軍に献品されたもんじゃないかという説。
西洋由来のゆたんぽが、
明治以降日本の「窯」によって大量生産され、「鉄道」によって普及していったという。
またその先生は、「浮世絵」にも深い興味をお持ちで。
ただその目線がまたすごくて、「王子の飛鳥山」が描かれている浮世絵のみを集めているようだ。
ここまでだと「マニアックなコレクターの方」で終わりなんだが、こっからがすごい。
「なんで“ゆたんぽ”なんですか?」という問いに先生は、
「同一の機能で多彩なバリエーション。そこに人間の営みがあるんです。」と答えていたそうだ。
飛鳥山の浮世絵もまさにそれで、
同一の対象を多彩な視点で描かれているという考え方にもとづいている。
「同一の機能に多彩なバリエーション」。
改めてパキっと言われると、「そうだよなぁ」という話。
身の回りにある全てのもの、まさにそれだ。
カサとかメガネとかパソコンとかケータイとか。
「機能」はおんなじ。
で、そこに「バリエーション」が横に横に広がっている感じ。
※「ガラパゴス化」の真髄はそこにあるかもしれない。という側面も。
日本は特に「バリエーションの国の人」という事が言えそうだ。
デザインとか技術とか、視点とか、
それらは「バリエーション」だ。
時代や人の行動などが乗っかっていきながら。
それっていわゆる「文化」みたいなもんか。
そう考えていくと、
ネイルやメイク、ヘアスタイルなんかもまさにおんなじことが言えるかもしれない。
「同一の機能に多彩なバリエーション」だ。
そこにいろんな技術やデザイン、ノウハウや考え方を注ぎ込んでゆくというか。
時代や人の行動、トレンドなどを乗っけていきながら。
機能は変わらないもんね。
「本質的にそれが叶えるもの」という「機能」は。
そうやってバリエーションが広がることを「進化」というのだろう。
僕らの仕事もおんなじですね。
「バリエーション」ばかり追い続けて、「機能」を見失わないようにしないと。
「ゆたんぽ」に教えられました。
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