映画を見ました。
天国も来世も、生き残った人が作り出したものだって台詞、
わたしの中のもやもやそのものだなって思いました。
私は、生き残った人のなかで彼が生き続けるって
あれから何度も聞きました。
私にその言葉をかけてくれる人たちは思いやりをもって、
彼ではなく、私に対して、言ってくれてるんだけど、
私はありがとうって言いながら、心の中では正直そうは思えてなくて、
ああ、もう一度会いたい。一緒に笑いたいと思ってしまいます。
私が一方的に会うんでもなく、見るんでもなく、
一緒に、って。
きっとこれは私のわがままなんだろうけど、
やっぱりわたしは心の中で生き続けるなんてこと思えない。
生きるってそれくらい難しくて奇跡のようなものなんだろうなって思うし、
心の中にいることは生きることじゃない。
私がいくら思っても、彼が思うことはないって、そう思ってしまいます。
すっごくへ理屈だけどね。
私は一方的な思いで生きることなんて出来ないと思うし、
どうしても一緒に、同じように、感じて思って考えてしまう。
片思いは、両思いになってはじめて、
ただの気持ちから思いになるような気がしてて、
それと同じように、
死んでしまった人を愛おしく思う気持ちは、すごく悲しいけど、
ただの片思いなのかなって思います。
私たちの片思いの気持ちはどこに行くんだろう。
彼の思いはどこにあるんだろう。
私たちの心の中で生きるとしたら、
彼が考えること、思うことはどこかにあるの?って。
探しても探しても、届かないし知らないままなだってわかるから悲しい。
不可能なことを願い続けることって苦しいけど、
死ぬってそういうことなんだと思う。
大切な人が死ぬってことは、
一生会えないっていう事実以外に、とても重くて大きなことが残るんだなって、そう思います。
ただ一生会えないだけなら私は悲しいとは思わないもん。
死んでなかったら2ヶ月も平気で会わなかったかも知れないしって言われたけれど、
そんな比べ方はどうしたって出来るようなものじゃないよ。
だから色んな人にいろんなことを思って生きているけど、
死なないでくれたらそれだけでいいってそう思います。
へりくつでわがままな私にとって、
死ぬことは自分にとっての終わりのようなものなんだなって
そんなことを思ってしまいます。
でもね、きーくんはもしかしたらどこかで思ったり、考えたりしているのかもしれない。
私の中で生き続けていなくても過去のき-くんはずっとずっと私の中にあって、
忘れることなんて永遠にない。
私にとってどれだけ大きな存在だったか、
きっときーくんは知らないままだね。
私も知らなかったようなものだもんね。
今私の周りにいる大切な人を、今以上に大切に思うことが少し怖いけど、
でも明日生きているかわからないんだもんね。
わがままで後悔しないようにしないとね。
なんてことを思った日でした。
課題かだいーーー!
