私は基本小学生の頃から
困っている人がいたら助けたい人でした。
具合悪くなった子がいたらお世話したくなったり
していたし、
それこそメールとか普及していない
中学時代なんかクラスメイトの女の子から
今後の部活に関して相談ごとに対して
1時間ぐらい聞いては電話で喋って
後々感謝されたこともあったり
でも家庭問題で苦しんでいた仲が良かった
同じクラスの友人に関しては
どうにもこうにも助けられなくて
両親にも友人に関してどう助けたらいいか
腑におちるアドバイスもなくて
同じクラスだったので
担任の先生にもお願いだから彼女を助けてあげてよってお願いして
友人が困っていて泣いているのを自分も泣いて😅
空回りしたこもたくさんありました。
思い返すと大人の事情も絡んでいたから当時の私には難しかった
内容ではありました。
案外そのような純粋さもあって
看護師になりたい理由の1つとして
人助けというキーワードが自分の中にあったからかもしれません。
そして病院という現場にでてみると
純粋に人助けしているかと言うと
色々な生き方をしている人達と遭遇しますから
人助けなんて純粋なものだけではいかない甘くはない現実
そしてあくまでも仕事
でもその中ではあっても
やはり道標を示し エールを送れる人ではありたいとは思ってました。
そしてそれは今でも変わりないです。
かつて自分も色々な方に出会って相談して救われた経緯があります。
その相談した方々の範囲も幅広く
同い年の友人 年上の友人 高校の先生
茶道部の先生(高校 表千家 看護学生 裏千家とそれぞれ違う先生に出会いました。)
私は過去に担当についた患者さんに
最初で最後かと思います。
ケンカっぽくなったことがありました。
しかも自分より年上だった独身男性に言ってしまった😅
バイクでの交通外傷後のリハビリ期の方でした
傷も感染でやられて治癒するのに時間がかかったり
車いす期間も長く 松葉杖までいくのに時間がかかったり
言い争いではなかったけど
内容は忘れたけど生意気に私は何かを悟っていたような(ちゃんと情報を系統だてて言ったはず)
けど相手は私に怒りを静かにぶつけました。
そしてマジでいい加減にしなよ的な感じで私は言って病室を退室した記憶があります。
プライマリーナース(入院から退院まで基本受け持ち 看護計画の立案 評価をする人)
だったので
私は私なりに彼が良くなってほしいと言う思いが強いことからでた言動でした。
治療の過程がスムーズではなく病室で塞ぎ込んで
その方もこんなはずじゃなかったとか
やりきれない気持ちもあったり負のループに1人でいたから
今考えると大変な思いされていただろうと思います。
そのうち退院して再入院した時
あの時は本当にごめんなさい 浅井さんにすごくあってたんです。
でも親身になってくれた浅井さんには感謝してました。と言っていただいた時には
担当について良かったなと思いました。
今後看護師としても
セラピストとしてもこうでありたい自分
は
道標を示しエールを送れる人
その人の道しるべやエールを送るツールは色々あるかと思いますが
私はその中の1つ脳傾向診断というツール
脳の優位性が数値化されデータ化されますが
まどろっこしくなく感覚的ではないシンプルに道しるべを誘導することができます。
そして私が長年培ってきたエール経験が満載
また脳診断とは何かという記事もアップしていきます。
長くなっちゃいそう
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