この出産レポは、産後入院中に忘備録として書いて下書きに入れたまま忘れていたものです

とっても大変だったのに、もうすでにあの時の記憶がなくなってきています

とりあえず、せっかくなので公開にしておきます

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8月28日 日曜日
金曜日からずっとおしるしが続いていましたが、全然陣痛も来ないし、月曜日には無痛分娩をする為に計画入院の予定だったので、お夕飯は焼き肉に行こうねーとか言いながら、主人とお昼ご飯にマックを食べていました

スタミナをつけなきゃと言いながら、ビックマックとダブルクォーターパウンダーチーズとポテトとドリンクを完食

14:25 病院に電話をしてみる。
心配なら1日早く入院しましょうか、と言われ入院セットを持って病院に来るように指示を受ける。
もしかしたらの為に、シャワーを浴びて準備してから
15:00 父に車を出してもらい、主人とレオと病院に向かう
15:35 病院に到着
レオを父にお願いして、主人と産科病棟へ。
ナースステーションに行くと、とりあえず陣痛室に通され、NST装着。
胎児の心拍を確認して一安心。
内診をするも、子宮口は1センチしか開いていないのでまだまだだねーと言われる。
何も問題がなかったので、病室を確保してお部屋に移ろうか?と助産師さんたちがいなくなり、主人とふたりで陣痛室のベッドに横になりながらおしゃべりをしたり、携帯をいじったりしていたら、
16:00 破水

じょろじょろじょろーっとお股から温かい水が

最初、なんだかわからなくてびっくりしましたがすぐに破水だと気付き、ナースコール。
助産師さんと先生が来て、リトマス試験紙みたいなものを使って破水だと確定!
と、助産師さんに言われて次の日に麻酔をかけてもらえる気満々になる。
その後、無痛分娩の為に採血をしたり点滴のラインをとったりして助産師さんもいなくなり、主人も入院の手続き&コンビニに買い出しに行きいなくなる。
17:00 母に、まだ陣痛来ないから病院に来なくて大丈夫とラインをする。
17:10 トイレに行きたくなり、ひとりでトイレに行って、ベッドに帰ってきたと同時にお腹が痛くなりだす

痛くて動けなくなる時がたびたび起こり出す

痛くなるスピードがとても早くて、痛い時はもう話もできないぐらい痛い

そんな中、主人がコンビニから帰ってくる。頼んでいたコーヒー牛乳を買ってきたよーと渡されるが、既に飲めないくらいお腹が痛い

17:20 助産師さんが問診票を持っていろんな質問をしに来たが、痛さの波が来ると話もできない状況。なんとか、問診票の質問に全部答えて、わたしがかなり痛がっていたのでまたまた内診をすることに。
結果、子宮口6センチ開いてますねーと言われる

「お産の進行が早いから、今日自然で産んじゃいましょうか!」と助産師さんに提案されるも、
「横になって安静にしながら明日の朝を待って無痛にします!」と自然分娩を拒否し、ベッドに横たわりながら痛みに耐える

も、どんどん痛みは強くなるばかり。
痛みを緩和するアロマ、クラリセージのオイルをハンカチにたらし枕元に置きアロマテラピーを開始するも、痛みは消えず

このタイミングで、書くのを忘れそうになっていた赤富士の絵を描きだす

2回ほど痛みの波が過ぎるぐらいで描き終わり、ひどくなる一方の痛みに対し、諦め始める。
助産師さんに、「もうこの調子だと今夜中には生まれちゃうから明日の朝までこのままの方が辛いよー」と言われ、
「自然で産みます」と腹をくくる

この後からは、ひたすら痛みとの戦いで
主人がテニスボールで肛門を抑える役割!助産師さんに腰を温めてもらったり、マッサージしてもらったりして痛いのを和らげ、わたしは呼吸をすることに集中してがんばりました。
そうこうしてる間に、母が到着。
既に会話なんか出来ないくらい痛いのに呑気に登場した母に苛立つも、会話ができない

熱も上がっていき、とっても暑いのに体が震えだす。
全身に力が入りすぎて痙攣していたみたいで震えが止まらない

この頃から、う○こが漏れそうな感覚に襲われる。
助産師さんに「う○こ漏れるー!!!」と訴えるも、
「それは赤ちゃんの頭ですよー!」と返される。
しかし、この時のわたしは絶対にう○こだと思っていて、何回も同じことを言っていた気がする

テニスボールで主人にう○こが出ないように押さえてもらっているとずっと思っていました

でも本当にこの時は痛すぎて飲み物飲んでいる余裕はなかったんです。
テニスボールを押す場所が少しでもズレてると、
『場所がちがーう

』とガチギレ。
痛すぎて、内診に来た助産師さんに毎回、あとどれくらいで産まれますか?と聞くも、
「あと2時間ぐらいかな?」と言われ、絶望を感じる。
もうすでに、声を出さないと痛みを我慢できないレベルまで達していて、波が来るたびに、あーとかうーとか言っていて、波が去ったら意識を失うという感じに

意識もかなり朦朧としていたのですが、助産師さんに
『がんばりたい気持ちはあるんですけど、もう力が入らないんです。無理なんです。』とずっと言っていたのだけ覚えています

痛すぎて色んなことが無理だったので、呼吸を整えてとか言われても無視、いきまないでと言われても無視して、
呼吸を整えなくても良い!いきんでも良い!という自分ルールを作って外からの音を遮断していました

23時過ぎ やっと、分娩室に移りましょう!と言われ、主人に支えられながら自力で歩いて分娩室に行き台に登る。この時も、歩いてる時に陣痛が来たら怖くてとにかく急がなきゃと思い、ベッドから分娩台まで走ろうとして止められる

8月29日
0:00 日付けが変わった頃から一気に助産師さんの数が増え始め、みんなが本気で赤ちゃんをだしにかかってきたという気合いを感じる。
がんばろう!と思うも、陣痛で体力が奪われすぎて体にうまく力が入らない

が、できる限りの力を振り絞る。
わたしの力も弱く、赤ちゃんが出てこないので先生が次の波でお腹を押して赤ちゃんを出そう!ってことになり次の波が起こった時、お腹を押す前に赤ちゃんが出てきて、
0:13 産まれる

産まれて最初に息子を見た時は、可愛いとかじゃなくて、痛みがやっと終わったことに対してとても安心したのをすごく覚えています。
その後カンガルーケアをさせてもらったりして、処置をしてもらいました

約7時間くらいのわたしの出産の記録でした

途中、導尿とかもしたんですけど、どのタイミングだか忘れてしまいました

書き忘れてることまだまだありそうだけど痛すぎてよく覚えていません。
とにかく、とっても痛かったです。
おしまい
次があるなら、絶対に今度こそ無痛分娩にします!