明日は、子供英語教室の無料体験レッスンなんですが、
少し良いことありました!
実は、いつでも無料体験レッスンができるのですが、
あえて日にちを指定しようという試みを、今月はしてみることにしたのです。
第2土曜日と第4土曜日の二回に。
しかし、1回目の第二土曜日の日程にはお申し込みがないまま終了。
まあそういうこともあるだろうと、もちろん想定内のことなのですが、
無駄に空いた時間を過ごすのは、少しばかり寂しいもの。
が、2回目を迎える明日。
• 2日前に1人予約がはいり
• 今日の夕方に2名予約がはいり。
おー3名になった!と喜んでいたら、
● 夜になってさらに2名追加!
認知・営業活動は、活動そのものが直接成果として現れることも少なく、
(大概こういうのって時差がありますね)
チカラを入れればいれるほど、不発してしまうことも多いので、
今回、こんな寸前で集まってくれたことがほんとに嬉しいです。
先日こんな気持ちで私レッスンをしていました。
「ってか、このレッスンめちゃくちゃええやん♡
教室のことをあまり知られていなくてもったいなぁい!」と。
こんな気持ちが通じたのかしら。
先日も、あるイベントに参加したいと思い、ウェブサイトをみたら満員御礼とありました。
でもなぜか、私このイベントには「参加できる」という根拠のない気持ちがあったのです。
「満員だけど、追加で募集があったらあったで、受け付けるんじゃない?」
なぜかそんな気持ちだったので、応募を。
しかし、「今回は定員のため、キャンセルがでましたらご連絡します」と返事が。
「ふーん」と思っていた。
そして、先週。
「追加で募集を行うことになりました!」とメールがきたのだ。
そして、早速再応募。
で、サイトを見ると、
「追加で1名募集です」と。
「えっ、1名だけの募集やったんやー」
そして、翌日「此のたびは、ご参加ありがとうございます」のメールが来た。
わーい、ありがとう!
心の底から「信じる」無理なく「信じる」
むしろ「分かっている」という気持ちは、
現実をマニフェストするのには、
ほんとに大きなパワーなんだと体感できた出来事でした。
インドの話もネタばかりがどんどんたまってきているので、
ぼちぼち書いていきますが、自分の表現力で状況を伝えきれるかどうか。。。

@ jmsuarez
そもそも、インドの会社は日本でなにやってんの?
とりわけ重要な情報をもらうこともなく、
とりあえず派遣会社に言われるがままに、
勤務先に出勤。
そこは、誰もが知る日本の老舗保険会社であった。
どうやら、最近そこがアメリカの保険会社の
傘下になったらしいのだ。
ということは、組織の方向性を決めるのが、
今や日本人ではなく、
アメリカ人の手中にあるというわけ。
「君たちそんなことやってないで、
システムはすべてインドに任せてコスト削減して、
もっと重要な仕事につきなさい!」
「えええーーーっ。インドーっ!?」
「いやーもうびっくりしましたよ」
と社員の方々。
国内だけで展開している会社のままであれば、
いくらコスト削減が魅力的であっても、
おそらく、いや絶対、
選択しないオプションであっただろう。
ということで、2012年冬、
インドオフショア プロジェクトがスタートしたというわけだ。
なんだなんだ、日本の会社にしたら、
アメリカ人と結婚したと思ったら、
インド人の連れ子を連れてきたみたいではないか。
はじめは、数人のインド人が日本にやってきた。
が、この日を境に、100人ほどのフロアが、
まるでオセロの駒のように、インド人に塗り替えられていくのであった。

小学生の文集に、
将来の夢は「通訳」と書いた。
あれから、うん十年。
当時思い描いていた通訳とはだいぶ違うのだけれど
小学生の頃の夢が実現したことに、
胸を躍らせながらスタートした。
勤務先はインドの会社。
インドでは、国の発展を支えたとされている財閥会社。
創立者はインド国民に大変尊敬されているとか。
そして、もちろんのごとく、
上司はインド人。
インド人の指示に従い雇われる日本人。
時代を反映したような面白い光景だ。
はじめは、インド訛りが理解できるのか?
そんなことを心配していたけれど、
そんなことは
どうでもいい事だと知るのに、
そう時間はかからなかった。
そこは、経験するまでは決して知る由もない、
血と汗と怒りと笑いのドラマが待っていたのだ。
GWは今日で終わり。
特別なところには行っていないものの、
今の私にはそれが何よりも嬉しいお休みでした。

BASIAのライブに行ってきました。
いやー良かった。毎朝聞いてる音楽を生でしかも
10メートルの距離で聞かせてもらえて最高です。
コーラスのツインズも良かった。

そして、今日は友人のリコーダーの演奏会に行ってきました。
ステージはレンガでデザインされ、パイプオルガンにステンドグラスと
とても素敵な場所で、リコーダーの素朴な音色がなんとも美しかったです。
地元で友達とランチもできたし、
マッサージにもいけたし、
できていなかった仕事もできたし、
GWは自分なりに大満喫した日々でした。
そうそう、子どもの教室の壁紙を新しくしてくれることになったんです。
ずっと希望していたので、嬉しいです。
でも、どこかでこれはやってくれるだろうなーと思っていたんです♡
さあて、明日からは仕事。
今月は初の給料日があるので、楽しみ!
特別なところには行っていないものの、
今の私にはそれが何よりも嬉しいお休みでした。

BASIAのライブに行ってきました。
いやー良かった。毎朝聞いてる音楽を生でしかも
10メートルの距離で聞かせてもらえて最高です。
コーラスのツインズも良かった。

そして、今日は友人のリコーダーの演奏会に行ってきました。
ステージはレンガでデザインされ、パイプオルガンにステンドグラスと
とても素敵な場所で、リコーダーの素朴な音色がなんとも美しかったです。
地元で友達とランチもできたし、
マッサージにもいけたし、
できていなかった仕事もできたし、
GWは自分なりに大満喫した日々でした。
そうそう、子どもの教室の壁紙を新しくしてくれることになったんです。
ずっと希望していたので、嬉しいです。
でも、どこかでこれはやってくれるだろうなーと思っていたんです♡
さあて、明日からは仕事。
今月は初の給料日があるので、楽しみ!
今週末からGWがはじまりました。
今日は、祖母のところに行ってきました。
今朝連絡すると、おとついから急遽入院したことを知りました。
代謝が悪くなり、心臓に水が溜まっていたんだそうです。
病院に行くと、酸素マスクで繋がれ、苦しそうに息をし、
1ヶ月半前に見たときよりもやせている祖母の姿がありました。
96歳という年齢から、何がおこってもおかしくないという
覚悟はどこかであったのだけれども、
内蔵だけは強く、食欲も旺盛で、これまでも何の問題もない祖母だったので、
まだもう少し大丈夫だろう、という気持ちでいてました。
今日は、残念ながら眠っていて、お話もできず、
もちろん私たちが来たことも分かってもらえぬままでした。
せめて入院する先週に訪問できていたら良かった...、
そんな思いだけを残したまま帰宅した。
このまま一言も会話できぬまま、
目をさまさぬままだったら、、、
と決して少なくはない可能性を考えると、
もう少し、祖母に対してしてあげれることがあったんじゃないかという気持ちや、
これまで長年家族として住んできて、育ててもらい、
かわいがってもらった思い出
が蘇った。
昔した占いで、こんなことを言われたことがありました。
祖母との関係を見てもらうと、
昔むかし、私と祖母はどこかの民族で同じコミュニティーにいたそうです。
そのときも、私はその「年長」の方にとてもかわいがってもらって、慕っていたそう。
でもね、自分の知らぬ間に、その長が亡くなっていたことに
私はとても悲しい思いをしたんだって。
そして、この人のもとに生まれて、もう一度かわいがってもらいたい、そう思った。
って言う話。
ほんとにどこかのおとぎ話で、誰も何の確証もできないんだけれど、
いつかの自分が、どこかの民族として無邪気に遊ぶ姿がとても自然にイメージできた。
で、予定外にも日本に帰国して、高齢の祖母のそばにいて、
アメリカにいるときに聞いたこの話を時折思い出していた。
きっと私は「今度は」、祖母の死をきちんと知って、
きちんと見送れるんだろうなって思った。
何事も「変化」というのは、予期せぬ形で急にやってくる。
もう一度、
母が作った料理を美味しく食べる祖母の姿が見れるよう、
祖母が、周りの人に囲まれてしあわせを感じれるよう、
私たち家族にチャンスをください。
今日は、祖母のところに行ってきました。
今朝連絡すると、おとついから急遽入院したことを知りました。
代謝が悪くなり、心臓に水が溜まっていたんだそうです。
病院に行くと、酸素マスクで繋がれ、苦しそうに息をし、
1ヶ月半前に見たときよりもやせている祖母の姿がありました。
96歳という年齢から、何がおこってもおかしくないという
覚悟はどこかであったのだけれども、
内蔵だけは強く、食欲も旺盛で、これまでも何の問題もない祖母だったので、
まだもう少し大丈夫だろう、という気持ちでいてました。
今日は、残念ながら眠っていて、お話もできず、
もちろん私たちが来たことも分かってもらえぬままでした。
せめて入院する先週に訪問できていたら良かった...、
そんな思いだけを残したまま帰宅した。
このまま一言も会話できぬまま、
目をさまさぬままだったら、、、
と決して少なくはない可能性を考えると、
もう少し、祖母に対してしてあげれることがあったんじゃないかという気持ちや、
これまで長年家族として住んできて、育ててもらい、
かわいがってもらった思い出
が蘇った。
昔した占いで、こんなことを言われたことがありました。
祖母との関係を見てもらうと、
昔むかし、私と祖母はどこかの民族で同じコミュニティーにいたそうです。
そのときも、私はその「年長」の方にとてもかわいがってもらって、慕っていたそう。
でもね、自分の知らぬ間に、その長が亡くなっていたことに
私はとても悲しい思いをしたんだって。
そして、この人のもとに生まれて、もう一度かわいがってもらいたい、そう思った。
って言う話。
ほんとにどこかのおとぎ話で、誰も何の確証もできないんだけれど、
いつかの自分が、どこかの民族として無邪気に遊ぶ姿がとても自然にイメージできた。
で、予定外にも日本に帰国して、高齢の祖母のそばにいて、
アメリカにいるときに聞いたこの話を時折思い出していた。
きっと私は「今度は」、祖母の死をきちんと知って、
きちんと見送れるんだろうなって思った。
何事も「変化」というのは、予期せぬ形で急にやってくる。
もう一度、
母が作った料理を美味しく食べる祖母の姿が見れるよう、
祖母が、周りの人に囲まれてしあわせを感じれるよう、
私たち家族にチャンスをください。
