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まだネットは過渡期にあるんだな。
コンピュータ言語も他の言語と同一であり一つの言語にすぎない。
言語が使えなければ通訳を雇えばいいだけだ。
プログラマーしかクリエイティブな活動ができないのは本当にもったいないことだ。
ネットやパソコンが一気に広がったのは文系の人間が使えるようになったからだという。
次の段階を迎えるためには文系の人間がクリエイティブな活動ができるようになった時だ。
それから多くのサイトは広告に頼っているようにネットの画期的な収益構造はいまだに見いだせていない。
それはあたかもネットが別世界化のようにとらえられているが手段にしか過ぎないからだ。
手段に利用料以外の料金を支払うことはなかなか過去にないからな。
電話を使うとき通話料以外に支払ったことがないように。
ダイアルQ2とかあったかw
目的にしなければならない。
歴史とは戦争、争いの繰り返しである。
歴史の教科書に戦争以外の内容がのったことがあるだろうか。
平穏と思えたどんな時代のページにも戦争は所狭しと列記されている。
日本の最後の戦争から60年が経過した。
ローマ帝国、江戸幕府、モンゴル帝国、ソビエト、いずれの大きな力も必ず衰え、散る時を知る。
周知のように戦争とは大きな権力、力の衰退と共に起こるのである。
またそれを転覆しようとする思惑、拮抗した勢力によって引き起こされるものである。
現代でいえば世界の警察アメリカもその例外ではないように思える。
アメリカの一極集中、世界支配が終わりを見せようとしている。
それは台頭する国々によって引き起こされるのか。
またはテロ活動に見るように情報の高速伝達、流通、移動の高度化によって急速に広まったグローバル化に伴い国同士といった大きな括りではなく、比較的小規模なものになるのか。
いずれにせよこの平穏な時代に甘んじているのは大変危険なことだ。
永い歴史を紐解きわかることはただ一つ。
人類が戦争を回避する方法はない。