一年前のクリスマスの奇跡を、わたしはずっと忘れないでいたい




    プロローグ


 たとえば、じぶんより大切な人ができるとするならば、わたしはほかに何もいらない。それくらい人を大切にしたい。人に大切にされたい。その思いが、わたしはとてもとても強いのだ。
 一年前までわたしは、人に大切にされることも、人を大切にすることも知らなかった。でも、一年前に、わたしはそれらを知ることになる。
 椿ちゃんとの出会いは、学校の保健室だった。いつも、わたしは教室に入ろうとすると苦しくなるのに、保健室だと少し落ち着く。
 わたしはあの日、朝起きて顔を洗い、「今日は学校に行くからね。大丈夫だよね?」と、わたしのお気に入りのぬいぐるみに話しかけて、そのぬいぐるみにうんと(無理やり)頷かせた。
 竦む足を精一杯動かして、わたしは学校に向かう。
 今日わたしが学校に行こうと思った理由。それは、『今日がお母さんの誕生日』だからだ。
 今日くらいはお母さんの笑顔を見たい。それだけだった。
 わたしは何度も引き返そうとしたけれど、それはやめた。そして、とうとう学校に着い(てしまっ)た。
 お母さんには「保健室で過ごしてね。無理しないでね」と言われているので、わたしはいつも通り、保健室に向かった。
 着いてみると、ショートカットでぱっちり二重で、色が白くて…… 
とにかく、とても可愛い女の子がいたのだ。
 向こうから話しかけて来た。
「何年生?」
「わたしは人と話すことが苦手なので、緊張してしまいます。えっと、えっと、2年…です!」
「あら? じゃあ、私より年上だったんですね! 私はてっきりあなたと私は同級生だとばかり思ってました。お名前は?」
「佐々木亜子」
「あこ先輩! なんか、アイドルみたいな名前ですね」
「あなたの名前は?」
「平山椿」
「つばきさん…!」
「ちゃんでいいですよ」
「つばきちゃんは、何で保健室にいるの?」
「……」
 わたしは、失言してしまったと思った。でも、このときは全然そのことを後悔しなかった。だって、つばきが親友になるなんて、この時のわたしは知らなかったから。
「私はね、実は不登校なんだ。だから、普段は家にばかりいてね。親からは学校に行けなんて言われないけれど、それが逆につらかったりもするんだ。なんか腫れ物扱いって感じで」
「わたしも!」
「わたしも不登校なの! ここにいると落ち着くけれど、教室には一歩も入れないんだ。つばきちゃんは教室に入れる?」
「入れないよ!」
「入れるわけない。だってわたし、入学式の日以来、初めて学校に来たんだもん」
(それならなんで、初対面のわたしとこんなに喋れるんだろう???)
「今、不思議に思ってた?! 私が重度の引きこもりなのに、なんであこちゃんにだけ喋れるのかって…」
「はい」
「決まってるじゃん。あこちゃんを好きになれそうって思ったからだよ」
「つばきちゃん。ありがとう」
これが、わたしたちの出会いでした。

 それからわたしは三年生、椿は二年生になった。わたしと椿は、高校に行くために勉強をしている。
 実は、わたしと椿はフリースクールに移った。
 そこでのびのびと勉強をしている。
 毎日死にたいと思っていたわたしに光を与えてくれたのは、椿とクリスマスの日だ。
『わたしは、クリスマスの日の奇跡を、ずっと忘れないでいたい』

おわり