Ms.RedTHEATER彩 ”PANDORA” -3ページ目

Ms.RedTHEATER彩 ”PANDORA”

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 "今"は永遠じゃない


とてもとても 儚い時間



"時間"っていうものは現実的で、

数学的で、私情によって一切の猶予も

与えてくれない。

全てに平等でありながら冷酷。


血の通う生き物からしたら

悪魔の絶対値。

絶対的に正確であるって信頼が

どうやっても変えられない現実となって

押し寄せてくる。


時間に追われている感覚が抜けないのは

高校2年になって事務所と呼ばれる所にはいってからだったと思う。

時間に彩がしばられはじめたのは、

仕事を始めてからだと思う。

アルバイトは高校1年生からしてたけど、

時間=密度の濃さでかえられる


と考えてた。

暇か忙しいか、自分が必要か要らないかで時間感覚はかわるから。


でも

事務所にはいると時間に対しての考え方は

大きく変わった。



肌は17歳から衰える


若さは17歳がMAX


ってメイクの授業の先生がいった言葉が忘れられない。


時間に追われた生活は思えばそこから

始まっていた。



だからと言うのはただの言い訳とかに聞こえると思うから不快にしてしまったら申し訳ないのですが、

時間きっちりにぴったりに!!


みたいなのが非常に苦手で

そこに固執した人に嫌悪感すら感じる。


遅刻や時間の変更などのダメな理由は

人を待たせて人の時間を奪うからだと思う。


時間に遅れる=時間に遅れた人が

劣る立場になるなんて必要はないです。


人が迷惑をしないギリギリのラインで

自分が一番しばられない時間にいきたい。


わがままだけど、時間に余裕もったほうが自分が楽な現場なら早めにいく。

でもそれは自分のためだから、相手より先について待ってようとか礼儀だとかじゃなくて。


時間には自分もルーズなので胸を張れる話じゃないだろといわれそうな事だけど、


友達や仕事の関係者の相手が遅刻しても

そんなに気にしないし、お互いを縛らない程度にやり取りできれば待つ事は自分時間が余分にできたって考える。

何分遅れます。と一言ラインとかで連絡くれたら、そこから自分の時間がスタートする。


唯一、複数人が集まらなければ行けない会議や1人かけたら出来ない事には遅刻の罪は重い。



相手の時間、スケジュールに迷惑のかけないレベルなら時間は気にしない。

ただ、相手の時間を無駄に奪う事になるならそれは不公平で、

時間=平等

っていう関係が崩れちゃうのでNGである。


報連相さえ出来ていたら

遅刻の理由には色々あるとおもうけど

その人が優先するべき時間配分があったんだろうと思う。

あまりに自分を優先して貰えなくなったら悲しいけど、そこを縛るようになるより、自分に魅力が足りないのだと思う。



時間、時間、はやめ、はやめ!

と他人に強いる人はあんまり魅力ないもんね。

そうならないようにしなきゃ💦


たまに待ち合わせに早くついたからって、

早くついたよーってラインしちゃったりするんだけど

それも相手を焦らせたりする場合があるから本当はしないで気遣うべきかなーとすぐ反省したり、よくあります。




時間の話がしたくなったのは、

こんな話をする目的じゃなかったんだけど。


時間とゆう絶対軸に縛られて生きてるように感じてる自分には、

時間の話だけで彩の個人的人生観を綴った本が

本当に1冊かけてしまうような長い話になりそう。(それは彩以外の人から見たらつまらない内容で売れないでしょう笑 )










一昨日、友達が1人

闘病生活の末に亡くなったんです。


ライブにも来てくれたり、職場にも遊びに来てくれたり、一緒にサバゲーしたり。

お寿司屋さん行ったりした、

行きつけのBARの店長さん。


2年前の12/31の吉祥寺クレッシェンドの忘年会ライブの後すぐ、打ち上げに行かずにそのBARに行ってコンシューマのゲームしてました。

もちろん1人で。


いる時は7時間半もいて、

PC持ち込んでバンドの作業したり、

ライブ後に直行してツイッターをそこで書いたり。

お金ない時は

烏龍茶1杯で2時間居座るようなやばい客な自分にも

いつもニコニコしながらいらっしゃいって気を遣ってくれる人だった。

タバコから離れた席に案内してくれたり、本当に付き合いのよい人だった。



友達が多くて人がいい人程、

周りの期待とは裏腹にどうしてこんなに早く居なくなってしまうんだろう。


彩の勝手な見解だけど

それだけ無茶しても1日で沢山の人にあって、やれる限りの事をやっていたと思う。




いつも周りに人がいて、それが楽しそうな人。

そんな印象だった。



もう本人に聞く事はできないけど

無理をしない時間より無茶した日は楽しみや幸せも何倍にも感じてたんじゃないかな。



最後に会いに行った時、

自宅で療養中だった。車椅子生活になっちゃったといいながら。

毎日だれか何人か遊びにくるみたいだった。


アイコスを1日3箱吸ってるっていってた。

あと1箱になる前に誰かがおみまいにこなければタバコ無くなるから困るって。


アマゾンでワンクリックすると2時間後には必要な物が届くんだっていってた。


すごい便利!

高齢化対策がちゃんとされてるなーと

知らない世界だった。


夜ご飯はお寿司を持ち帰りして一緒に食べました。

やっぱり、一番一緒に食べたのはお寿司だった🍣


もし自分だったらこんな頻繁に

友達や知り合いが家に来てくれただろうか?


外見はピアスだらけの入れ墨だらけの奇抜な髪型で、バンドマンよりはるかにバンドマンな外見だった。ハイスタの横山けんが好きだった。

温厚な性格だったと思う。


優しくて、気使いやさんだった。

人の事を悪くいわない人だった。


日本酒の会に行ったときは一躍みんなの人気者になった。

色んなお店にスカウトされるような。



そんな魅力的な人だから

周りは常に人が集まる。


なりたいって思ってもなれない。



時間は平等なのに

使い方によって人生は変わる。


時間が平等で、引き伸ばしたり短縮したりできないのだとしたら

自分の感覚だけが変えることができて、


唯一救いの鍵になる。


でも変えられるのは自分の時間感覚だけ。

人に時間感覚をいくらプレゼントしたくても

その人がマインドコントロールされていなければ

そのプレゼントに価値、効果は生まれない。



ライブハウスに来るお客さんが

ライブを楽しみにして時間を割いて来てくれたという現実と時間に対する感覚のおかげで


対バンライブで貰えた

たった25~30分ステージの全力ライブに

その価値が生まれる。



結局バンドにつなげた例え💦

しかできなかったけど💦


"時間"の


追われてる嫌悪感

待ってくれない融通のきかなさ

一切感情の無い平等さ


に対してこうやってkeep livingしていくしか他に道もなく無力なんだけど

対、時間の力にこれからも反抗していくとおもう。




神様は信じてないけど


七夕様はいままで自分でどうにもできないような願いは叶えてくれてるから

短冊に書けばよかった。。。


サンタクロースはいるんだよ。





全然ブログ書かないしタイムラインもやらないのに自分の生活の話をぼろぼろ出しちゃうメンタルになる程、


本当に、いい人の死とゆうのは理不尽で精神を惑わせるね。


本当に理不尽だよ。






いまは

お葬式に行けることがありがたいです。

自分より身近な人達の悲しみとは比べられないけど、死を悼む時間をみんなで過ごす事ができるのだから。



葬式に行きたいけど行けないと、

過去一緒にBARを経営していた友達がいっていた。


色々理由はあるのだけど

亡くなった友達は来て欲しいと思う。

最後に会いに行った時、会いたい自分から気にして名前を出していたから間違いないと彩は思ってる。



でも、葬式を計画し推し進めてくれた方の数人から来るなという圧もあった様で。



関係ないよ!いこうよ!と彩はいいました。

その友達は

『 お見舞いは本人のためだけど、葬式は残された人の為にあるから。』


といった。


なんか凄く響いた。



とりとめなく書きすぎちゃったけど


人はいつか死ぬけど

やっぱりある程度は生きてほしい。

残された人のエゴでしかないけど

残されたくないんです。

出来るなら楽しい時間を過ごせる相手との

サヨナラはずっとしたくない。

できるなら自分のが先にサヨナラしたい。


一緒のタイミングで同じ時間を

無理なく過ごせる、まして楽しく過ごしあえるなんてとても奇跡的な確率。


なにかの縁だし縁はむやみに切りたくない。



メンタリストDaigoもいってたけど、アメリカの小学生の統計では小学1~6年でクラスが変わっても友情関係が6年間持続する確率は全体のわずか1パーセントくらいだそうです。


友達とか恋人とかバンドのメンバーとか仕事の仲間とか家族とか。

狭い世界で生きているけど、

出会った人は沢山いるのに

今かかわってくれてる人は一握り。


そんな人達との一生の思い出は

何個あってもいいし

できるだけ沢山記憶と体感に残したいなと

思いました。




とりとめない書き方になって

読みづらい文章💦

見てくれてありがとうございます😊





うらんもあと30年生きてね💓