今日その男は午前中に目覚めて暫くしてから、夕方頃までずっとお気に入りの本を読み耽っていた。
午前中はテレビを小音でつけていた。
朝の情報番組は花見シーズンに便利なアイテムを紹介していた。
紙皿をシリコン樹脂の様なもので腕に固定しておけるアイテムだった。
若い女性キャスターはそれを装着して屈託の無い笑顔でこれは便利ですねと称賛した。
この商品の紹介ははたして何なのかと言う考えが自分の中に浮かび始める。
はたして何人の人がこのアイテム紹介を見て本当だ、これは便利そうだとこの商品を買い求めるのだろうか。
もしこの商品が空前の大ヒット商品となった場合、自分はその景色に耐えきれる自信が無かった。
美しい淡いピンク色の傘の下でその風情とhttp://www.svg101.com/一時の陶酔感を求め、ギッシリとひしめき合った人々の腕にはめ込まれたシリコン樹脂と紙皿。
そして人々はその皿の中に取り込んだ食べ物を箸でついばむのだ。
それを当たり前の景色として捉える事が出来るのだろうか。
それは自分には滑稽を通り越してもはやメディアと言うカルト教団に洗脳された集団自慰行為にすら見えてしまう気がした。
その場にいる全ての人々が自分の装着している便利グッズと呼ばれる物体が利便性にたけた物だと言う事を確認し合い、何の疑いを持つ事も無く使用する。
その様子は自分にとって背筋の凍る景色である事は間違い無かった。
至ってシンプルでいて、しかし余りにも多くの違和感が自分の声帯に詰まってしまい一つの言葉しか自分には出て来ない。
ソレが無かったら紙皿を持つのも大変か今までレジャーを楽しんで来た人々はそれほどまで紙皿を手に持つ事を苦痛に感じていたのだろうかそこでテレビを消した。
午前中の街の物音が際立って耳に届いた。
勿驪ニは金を払って情報番組に自社商品の紹介を依頼し、テレビ局はその金でタレントブッキングと販促ツールの模索をする。
それがテレビと言うメディアの発足当初からの成り立ち方なのだ。
イヤなら見なければイイ。
そう思い不快から逃げた。
昼過ぎ頃からは空腹感がチリッと胃を刺激したが自分にはどうでも良い事のように本を読み続けた。
恐らくソレは例え三日三晩食事をしていない空腹感でも自分は引き続き本を読み続けただろうと思うほどどうでも良い事のようにさえ感じていた。
夕方になり、やっとと言うべきか本についた紐を頁に挟み込みラリと体を起こして上着を羽織ってレンタルDDのケースを持って外に出た。
春が近づいている事を知らせるような強い風が吹いていた。
まずはスーパーに入って2リットルの水と炭肢ソのペットボトルをカゴに入れた。
続いて売り場を眺めながら自分がとる食事のメニューの思案にかかる。
最近は自分でも意外なほど選ぶメニューに昔との違いがあった。
事前に刻まれてあるネギのパックと合わせ味噌、油揚げと乾燥ワカメをカゴに入れ、あとは目につくまま思い付くままいくつかの食材を放り込んだ。
スーパーを出ると一旦乗ってきた車に買い物袋を置き、それと引き換えにレンタルDDのケースを取り出した。
そのケースを返却ボックスに放り込むとまたその日に借りて帰る作品を物色しに店内を歩いた。
SFの洋画を抜き取り、好きなアニメ作品を抜き取り、好きなお笑い番組を抜き取り、4本目を何にするかと考えていた時だった。
作品の並ぶ棚と棚の間、その向こう側から鋭い視線のような物を感じた。
その違和感を感じた通路側へと回り込んでみたがそこには誰も居なかった。
ついにオレにも霊感が宿ったか完全にその状況を自分で茶化しながら4本目を思案した。
そう、自分には霊感と呼ばれる物が全くと言って無かった。
それは霊感どころかそう言った事象に付随する恐怖心すら全く無かった。
よく昔その事を友人に話すと嘘をつけと言われた。
そんな時は友人に知りうる限り最も恐ろしい心霊スポットを案内させて一人で我が家に帰るように軽い足取りで中に入って見せたものだ。
フッとそんな事を思い出した。
そこからなぜか4本目の思案は滞る事になった。
全く興味を引く作品が見当たらなくなった。
ならば3本借りて帰れば良いのだが、なぜかその考えは全く浮かばなかった。
健全なる男子ならばそこでアルトコーナーへ足を運ぶのであろうが自分自身でも不思議なほどそのコーナーの作品に対する興味がこの数年で無くなっていた。
別にそれは自分の性的不能を意味している訳ではなく、実際に自分にそう言うコトがあれば無様な程にきちんと男性としての役目を成すのだろうが。
ただ単純にそう言った作品に対する興味があまり無くなってしまっただけなのだ。
恐らく十代前半の頃の自分にその事を告げるときっと信じてくれないだろうなと思うと何だか可笑しくなってきた。
とりあえずそれほど興味も持てないお笑い番組をもう1本抜き取った。
家に戻ると買い物袋の中身を冷蔵庫に納めた。
そのまま食事の用意をするか少し躊躇ってから米をといで炊飯器のスイッチを入れた。
腹は減ったかと聞かれるとそれほどはと言う返事がピッタリと自分に当てはまった。
湯を沸かし味噌をとき乾燥ワカメと油揚げを入れて煮立った所で火を止めた。
米が炊き上がる頃再び鍋を火にかけて食事の用意が完了した。
そこでフッとため息とも自分への嘲笑ともなる吐息がもれる。
一人で食事をする毎日になっても自分は自分が食べる食事量、満腹と感じる食事量よりも多く作るのだ。
それは癖であり習慣であり意図的でもある理由が有った。
食事を作るのは好きだった。
事に人の為に用意する食事にはその動作に不必要とさえ思える愛しさや高揚感さえ感じた。
かつて二人分作る日々があった。
その習慣が癖になっているような部分が一つ。
そして一人分で米を焚くとやけに硬くて口当たりの悪い物になる事から少なくとも一人半の量で焚く方が幾分かマシだったのが一つ。
その結果本人の食欲より半歩前に出た量を毎度何の躊躇いも無く作らせたのだ。
恐らくその食事をする様を他の人が見たのならよく食べる人なのだと解釈されるのだろう。
きっと自分は言い訳も適当に作りすぎてしまったとこの女々しい習慣に蓋をする。
逆にそんな自分を恐ろしい程に捉えた人が声を掛けて来たならばきっと自分の人生で絶対に人から言われる事がないだろうとたかをくくっていた言葉を発せられるのだろうなと思ったりした。
自分の人生で絶対に人から言われる事がないだろうと言う言葉一つだけ、最低な記憶が胸を締め付けた。
繁華街の中を少女と歩き、一件の飲食店に入りカクテルと炭肢ソといくつかの食べ物を注文した。
その味や店自体もそれほど昔の話でも無いのに酷く色褪せてしまい全く思い出せもしなかった。
それとない会話と食事を終えた二人は店を出て少女が帰路につく駅への見送りに足を運んでいた。
駅までの道のりは短くは無く、しかし苦痛では無い一駅分ほどの距離を歩いた。
その間に二人の間には会話らしい会話もなく、自分は真っ直ぐ前を向いて隣の少女に気を払いながら、少女は何か言いたいのかそれとも悩んでいるのか、身をよじらせているのかそう感じるだけなのか、駅へと歩みを進めた。
駅に着くと気を付けて帰ってねと告げた。
少女は足元を見つめながら何かを言おうとしていた。
そしてしばらく沈黙の時間が流れた。
帰りたくないなその言葉は痛烈に体を貫いた。
そして周りを行き交う人の雑踏が異常なほど煩わしく感じた。
少女の手を引き雑踏を抜け出し真意を問う。
極めて単純な言葉を交わして二人は当初乗る予定では無かった電車に乗り込み、部屋に入ると行為に及んだ。
自分でも呆れるほど温もりに飢えた自分に気付かされた。
その圧倒的な温もりと盾轤ゥさは自分が最も嫌いな人間へ、いや人間性へと連れていった。
少女はしきりに温もりに満たされて行く男の頬や胸や背中に触れた。
まるでそこに居る存在を必死で確認しようとする盲目の少女のように。
それから暫く、いやほんの一時だけその少女と同じ時を過ごす事になった。
しかしそれはただ闇奄温もりを渇望する愚かな男の物語でしかなくなる。
あまりにも少女との時間は温かく、甘く、刹那な気がしてどこか自分を焦らせた。
時には日常に当たり前に存在する人間や物体までも煩わしく感じてしまうほどだった。
そして少女は相手の真意が理解出来なくなり、傷を負って去って行った。
もはや自分につける薬は見当たらない。
また自分に嫌悪感を感じる十分な材料を一つ手に入れた。
もそもそと食事を終えて煙草に火をつけてマラ模様に昇る煙りを睨みながらあたり前の孤独と向き合った。
味わって当たり前の孤独と。
続くこの物語はフィクションであり登場する人物や街等実在する物とは一切関係ありません。
またこの中に表現される人物の思考、見解はあくまで個人的な物であり他意は無い事をお断り申し上げます。
