はじめまして爆笑

こちらまでご訪問頂きありがとうございます!!

最初の投稿なので、私の自己紹介をしようかと思いますウインク


 【経歴】

・30代

・神奈川県住み

・臨床心理士・公認心理師

・大学院卒、大学は首席で卒業。ほかの学科と総合してもトップだったとのことで、卒業式に表彰される

・カウンセリング歴(しばらく離れていた年数も入れると)10年目、1600人以上のカウンセリング経験あり

・カウンセリングサービスレビュー値平均の最大が★4.9

・カウンセリングサービスでは新規受付をしたら枠がすぐ埋まるまでに!(ありがとうございます😭)

・専門はお仕事関係のご相談全般、特に休職や復職支援、自分の本当の声に気づくカウンセリング、カウンセリングとコンサルを混ぜた援助が得意

・カウンセリングの他にも、企業のメンタルヘルス関連の研修講師をしたり、最近は新規立ち上げの企業から頼まれて事業方針のコンサルやアドバイザー、新人カウンセラーの育成、スーパーバイザーとしても活動

・趣味は犬を眺めること、ヨガ、米粉のスイーツ作り、漫画、アニメ、声優、ゲームなどのサブカル、

特にIDOLiSH7のTRIGGERをこよなく愛す(推しは八乙女楽)

・経歴だけみるとすごそうにみえるかもだが、結構抜けている。

仕事でパスワードを忘れた時に、

同僚から、「あれだよ、あれ」

と言われ、

「are」

と馬鹿正直に入力したのはひみつ

・最近無性にどうしてもやりたいことは、金木犀の花を鼻いっぱいにつめること



、、、


ふざけてません笑



ここからはまじめに笑、

私がカウンセラーになろうと思ったエピソードや、

苦労の日々、

今までの経験を書いていこうかと思います。


 小学生


私は小さいころから身体もですが、メンタルも弱く、小学2年生のころ、とあることがきっかけで拒食状態になってしまいました。

小学校卒業くらいまでは、「食事はお茶碗1杯までに済ます」と決めて生活をしていました。

それ以上食べたら、吐くという謎の思い込みを続け、従順に自分の決めたルールに従いました。


中学生になり、だんだんとその強迫的な食生活が改善されてきたころ、

またとあるきっかけで気持ち悪くなり、中2の冬、また食事が食べられなくなりました。


食事もとれないので座っていられず、学校にも行けなくなりました。

ずっと保健室か相談室への登校を繰り返し、

病院は手に負えないからと大学病院を紹介され、そこでは成人に出す量の薬の2倍の量の薬を誤って投与され、2日間眠り続けたこともありました。


学校のスクールカウンセラーもあまり積極的に力になってくれず、

ある時母が、「ここ行ってみようよ」とカウンセリングを紹介してくれました。


そこのカウンセラーの方も、

病状は少し違うけれど、同じ拒食状態にいたとのことで。


わかってくれる人に相談ができた私は、

そのカウンセリングを受けてから

劇的に改善口笛

修学旅行もあきらめていたのですが、無事に行くことができ、

中3の春くらいからは普通に学校生活を送れるようにニコニコ



「同じように苦しむ人を助けたい」



との思いでカウンセラー、

臨床心理士になろうと思いました。

(そのカウンセラーの先生に最近会いに行ったのですが、実は臨床心理士ではないということを知りました笑)




 高校から大学まで

体調は戻りましたが、両親が離婚。

父が出ていく形となりました。


高校生になった私は、

学校の勉強で10位以内の成績をおさめます。


そこからまた地獄の日々笑 


特進クラスに入るように顧問の先生に懇願され、特進クラスに入るのですが、


"テストは100点取らないといけない病"


がこのころから発動します。


今振り返ると、自分のせいで離婚したかもしれないから、

何か恩返ししないとと思ったことや、

母に褒めてもらいたかった、

その一心だったのだと思います。



強迫的に勉強しました。


100点は何度もとったことがありますが、

96点くらいだと本当に落ち込みましたガーン


テスト期間中は

ゴールのないマラソンを全力疾走しているように毎日苦しくて赤ちゃん泣き


「今日は8時間ちょっと勉強できるから、

1科目2時間ずつ、苦手な科目は3時間勉強しよう」


と詰め込みました。


成績は良かったけれど、

大学受験の時に公募推薦で行こうと思っていた大学がありましたが、

全然成績は余裕なのに落ちガーン


臨床心理士の指定大学院がある大学の指定校推薦がたまたまあったので、

評定平均値を2.0以上落としていきたくもない女子大に行きました。


いわゆるFラン大学です。


サークルも入りたかったのですが、

・学業

・バイト

・サークル

と、3つは頑張れないし、

母子家庭で母も体が弱く働けないのでお金必要!と思い、

学業とバイトをとることにしました。



バイトはみなさんよくご存じファストファッションのアパレル会社で働いていました。


その前のバイトは仕事ができなさすぎてクビになったポンコツでしたが笑

教育方針がきちんとしていた会社だったこともあり、

バイトにもかかわらず準社員並みのお仕事を任せていただいたり、

リーダーの役職をいくつかいただいたり、

賞をもらったこともありました照れ


大学院には絶対行くと決めていたので、テスト前1か月はバイトを休み、

テスト勉強はまた強迫的に頑張りました。


大学のテストは半期なので

勉強範囲も広く、相当苦しみました。



特に英語が大嫌いな私は、

丸暗記するしかなくて。

,の位置などですら全部覚えているほど、

勉強をしました。


これを丸4年続けていくことになります。


そしてついに、病みましたガーン


大学院受験で病んでから、

受験のストレスもあり、

受験の日の前に突然お尻が痛くなりました。


「ついに、私も痔か!??」


と思っていたのですが、救急病院に行ったら、お尻ではなく、

卵巣の病気かもとのことでした。


その日は精密検査ができなかったので、とりあえず痛み止めをもらい、

大学院受験にのぞみました。



私の通っていた大学では、

10位以内の成績の人は学科試験パスで行けるとのことでしたので、

その時に1番であり、試験は面接だけだよと言われていたのですが、、、


それでもド緊張だし

不安だし

ということでしばらくイライラした日を過ごすこととなりました。


そして、結構痩せてしまいました。


無事終わり

合格もし!

精密検査でもなぜか異常なし飛び出すハート


とりあえずよかったのですが、

そのときに付き合っていた彼にイライラをぶつけてしまっていて、結局別れるはめに。


それからは彼との別れの寂しさを埋めるように卒論を仕上げつつ、

バイトも繁忙期だったのでバイトも行きつつ、卒業まで目まぐるしく忙しい日々を送りました。


卒業式の日、

首席をとると表彰されるというのが大学の習わし?だったのですが、

事前に大学から電話が来たときに、

なんだかうれしいんだけどそこまでうれしくないというか。


感情が鈍磨していたのでしょうねガーン



「当日は首席で表彰されるので、事前にリハーサルしますから、会場の前まで来てくださいね」


「あー、はい」

くらいな感じだった気がします。

今思い出しても、
「あの時めっちゃ苦しかったな。マラソン、全力疾走していたしな」
と苦しさのほうが勝ります。

そして、大学院。

大学院って、ほかの大学からもくるので、レベルがかなり高いんですよね。

同期は上智大学の人とか
社会人を経てから入学してきた人
現役の先生
などがいて、かなりハイレベルでした。

首席でいきがっていましたが、
すぐに心折れることになります笑


大学院の授業は、
カウンセリングを実践的に学んだり
心理検査をお互いにとってそれを分析
授業で分析結果を発表したり
自分のカウンセリングの問題点を100人くらい院生や卒業生がいる中で
教授たちからぼろくそに
「ここだめ、ここもだめ」

と言われるという地獄が待っていました。


いわゆる、公開処刑です凝視

同期も何人かメンタルをやんだり、
耐えきれなくて退学してしまった人もいました。
今思い出しても
本当によく耐えきれたなと思います。


大学院では病院と学校に実習にも行くのですが、
そのときまでは私はスクールカウンセラーになろうと思っていました。
なので、学校実習はとても楽しみでした。

ただ、いざ実習に行ってみると、、、

「なんか思い描いていたのと全然ちがうぞ・・・」

と思い始めたころ、
バイト先でこれからの進路を決めることが起こりました。

 バイト先での出来事

今はどうなのかはわかりませんが、
当時はかなり過酷な労働環境でした。

7時から夜中の12時近くまで働いたこともありましたし
11連勤したことも余裕でありました。

私はバイトでしたが
社員の方たちや店長が次々とメンタルをやみ始めました。

ある店長は勤務中にパニック発作を起こし
なだめたり、話を聞いたり。

ある社員さんは勤務中や帰り道で人格が入れ替わったり。

上げるときりがないのですが
そんなことが結構あり。

でもその時の私はカウンセリングの力もない
心理療法も勉強中、、、
何もできない自分にとても腹が立ちましたムキー

「少しでも自分に力があれば、今よりも楽な気持ちでみんな働くことができていたかもしれない」

当時は本当に、
何もできない自分に腹が立っていて仕方ありませんでした。

同時に、勉強してきたことが今の段階では何の役にも立たないんだなあ、と悲しくもなりました。

私のように
ストレートで臨床心理士を目指す人の中でも仕事関係(産業分野といいます)を専門にする人はあまりいないのですが、

「私はスクールカウンセラーではなくて、仕事関係の相談に乗る人になって、働く人の力になろう、これを専門分野にしよう」

とその時に決めました。

そこからはお仕事の相談に乗る分野、
産業領域にまっしぐら、、と言いたいところなのですが、
ここからもスムーズにいかせてはくれず💦

苦労の日々を送ることとなります。

長くなってきたので、
また続きの自己紹介は次に回したいと思います。


ここまで長文にお付き合いいただき、ありがとうございます。
ご興味あれば、またぜひ遊びに来てくださいねおねがい