常識の「矯正」が、
才能の「ハッピールート」を
塞いでいた。
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「この子の将来のために、
なんとか普通に近づけなければ」
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いち保育者その道のプロとして、
そして一人の親族として、
私は発達障害の診断を受けた
「でこぼこ」な子を持つママの
切実な痛みに寄り添ってきました。
(つもりでした。)
言葉が出ない、
対人関係が築けない、
予定が変わるとパニックになる。
支援機関に相談し、
専門的なアドバイスを受け、
必死に対策を練る。
けれど、
親子のしんどさは1ミリも変わらない。
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「どうすればいいの?
誰か教えて!!」
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そんな悲鳴のような願いに対し、
当時の私は「正しい支援」を提案することしかできませんでした。
しかし今、本質分析という視点を得て、
当時の自分を
深く悔やんでいます。
なぜなら、
私たちが必死に直そうとしていたその
「困った特性」こそが、
彼が幸せに生きるための
唯一無二の武器であり、
ギフトだったから。
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「できないこと」の裏側に隠れた、
圧倒的な才能
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振り返れば、
彼は赤ちゃんの頃から「普通」の枠に
収まらない予兆を見せていました。
• 3年待った発語の時には大人顔負けの言語力。
・ハイハイでおむつを自分で持ってきて排泄を知らせる。
• 一度通った道は二度と忘れない、驚異的な空間認識能力。
• 楽譜は読めずとも、耳と目だけでピアノを完コピし、
コンクールを勧められるほどの音楽性。
それほどの輝きがありながら、
私たちは
「対人関係」や「社会性」という
物差しを当て、
彼を「年相応でない」とジャッジし、
矯正しようとしていたのです。
でも、これだって親を含めた身内の「愛」
将来を案じるからこその
必死の策でもあったわけで。
そう
だれも悪くない。
ところが
実は彼は、生まれながらに固定観念を持たない
「無限の可能性を秘めた自由な冒険者」
まっさらな「無」の状態で生きる、
赤ちゃんのような純粋な本質だという。
私たちが「正しい」と
信じて行っていたアプローチは、
彼の本来のルートを塞ぎ、
生きにくさを植え付けていただけ
だったのかもしれません。
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「支援」ではなく「視点の転換」を
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彼が成長し、
自分の力で「諦め」と「対策」という名の
穏やかな二次障害(適応)を
身につけていく姿を見て、
私は確信しました。
大人が「なんで?」「どうして?」と
悩むポイントは、
その子の才能が爆発するサイン
なのかもしれない。
相談に来られる親御さんや先生方は、
私の提案する「本質分析」に触れると、
これまでの常識がガラガラと
音を立てて崩れる経験をされます。
「新たな才能を発見した」と
おっしゃいますが、実は違うのです。
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その才能は、
最初からそこにあった。
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ただ、大人の見方がそれを「問題」として
処理していただけなのです。
関わり方が変われば、
世界が変わる
当事者は、自分が何を得意とし、
何を求めているのかを本能で知っています。
だから、周りがとやかく
口を出す必要はないんです。
ただ見守り、望まれた時に手を貸す。
見方が変われば、
関わり方は自ずと変わります。
「障害」というラベルを剥がし、
その子の持つ「本質」の光を
そのまま直視したとき、
育児や教育の苦しみは、
未来への期待へとひっくり返るのです。
かつての我々のように、
後悔する人を一人でも減らしたい。
その子の「ハッピールート」を、
一緒に見つけましょう
15年以上前?NHKかなんかで
筆ペンデフォルメ似顔絵とかなんとかの
描き方をやっていて、
後にも先にもこれしか描かなかったけど、
上出来じゃない?と思って毎年見返す写真
。
今こうして見ても、
発達障害なんかじゃなかったって
悔いしかない。
変なラベリングしないで、
真っ直ぐ一本道に誘おう。
その方がみんなラクなんだから。
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~ 子どもたち一人一人が輝く社会へ ~
佐野悦子
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