今日は父方の祖父の三回忌。
あれから三年、本当に、あっという間だなぁ・・・。
家族揃ってお墓参りです。
はるばる 兵庫県は西明石(二見)まで、朝 6:50 の新幹線に乗って行きました。
大阪赴任時代のクセ(?)で、新幹線=睡眠時間 という鉄則ができあがっている私は、乗車するなり 即、寝に入ります。
ところが、途中 隣に座っていた母に揺り起こされ、、、何かと思えば、見事な富士山!
雪に覆われた頂上から裾野まで きれいに開けて全貌が見える、いかにも冬らしい、いかにも「富士山」らしい姿。
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新神戸で乗り継ぎ、こだまに乗って西明石まで。
そこからタクシーで20分ほどの二見港のすぐそばにある 観音寺 というお寺が菩提寺です。
我が家は宗教的な背景からすると「仏教」ではなくて「神道」なのだけど、、、お墓を守って下さっているのは禅宗のお寺。ご近所のよしみ?(代々暮らしていた家と観音寺はお隣同士) それとも、その土地の住民とお寺さんの関係というのは、そういうものなんですかねぇ。
本人は東京で生まれ育った人なのに、なぜか祖父も 自分のお墓は 先祖代々と同様 西明石に と、生前から決めていました。しかも、墓地の一画に「ココ!」と位置まで明示していたそうで、その望み通りの場所に、祖父の死後 叔父がデザインして立派なお墓ができました。祖父は今、そこに眠っています。
観音寺から車で5分ほどのところにある墓地。
お寺の墓所というわけではなく、畑と住宅のド真ん中にある昔からの墓地の一画に、我が家の先祖代々のお墓が並んでいます。向かって右側には曽祖父母や、大叔父・叔母にあたる人たち、もっと昔のご先祖様たちがいます。(第三十七代 とか 三十八代 と掘られた墓石があったけれど、果たして今が何代目なのか不明なので、何代前の方なのか分からず。。) 左側は、一番奥に祖父がいて、手前はまだ空いたままの状態。86歳でまだまだ元気な祖母、うちの両親や 叔父叔母たちも、、、やがてはここに眠ることになるのでしょうか。
そしてこれが、叔父がデザインした祖父のお墓。
墓石に刻まれた名前を見よう とか お花をお供えしよう と思うと、手前の階段を上って上から覗き込まなくてはいけません。変わった造りですが、息子が作った"家"に、祖父も喜んでいる、、、カナ。
一番上の部分は 墓石の石材として有名な 庵治石、でもその下の土台部分は 庵治石によく似たポルトガルの石だそうです。(「庵治石は高いんだよ」 と 叔父)
ところで この墓地で一際目立つこの塔。
台座から塔のてっぺんまであわせると、多分 5メートル近くあります。
円柱の周囲に何が書いてあるのか さっぱりよく分かりませんが、一番上には "Memory of Shuto XXXXX" と ひいひいおじいちゃん の名前が刻まれています。江戸生まれの ひいひいおじいちゃん が自分で望んで造ったものとは思えないから、きっと 誰か(ひいおじいちゃんあたり?)が建てたんだろうな。今度、ちゃんと確認してみようと思いマス。
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お参りを済ませ、昼食を。
地元のお寿司屋さんで おいしいお弁当をいただきました。
さすが 港町!
厚切りのお刺身をはじめ 魚介がたっぷりで、どれも とーってもおいしかったです。
特に 平目を肝酢につけて食べる というのが初体験で、感激しました。
そして こちらのお吸い物。
明石といえばタコですが、そんな明石でも なかなか手に入らないという タコの卵ですって。
この ニョロニョロ みたいな白い房についた粒の1つ1つが、本当は タコになるはずだった。。。そう思うと ありがたさも倍増! プチっとした食感と 関西らしい さっぱりしたおつゆで、美味でした。
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少しだけ休憩して、そしてまた新幹線に乗り、東京に帰ります。
途中、滋賀~関が原あたりは ものすごい雪。一面 真っ白、横殴りの吹雪で大変なことになっていましたが、新幹線の運行には特に支障なく、一安心。
そして、夕日を浴びて立つ富士も また 格別の美しさでした。
一年の終わりに こんなにきれいな富士山を見られただけでも、とてもありがたいです。
帰りに、東京駅地下のグランスタで 今半のすき焼き弁当を買ってしまいました。
本当は 新幹線を降りたその足でオフィスに寄ろうと思っていたのだけれど(それで朝からずっとPCバッグを抱えて歩いていたのだけれど)、うっかり グランスタを覗いたため誘惑に負けた・・・。
おかげさまで、おいしかったです。
お肉ももちろんですが、特に 写真の右手前に写っている 煮玉子が最高~!!
玉子好きにはたまらないお弁当でした。
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駆け足の一日でしたが、久しぶりに きちんとお墓参りができ、祖父と話ができて良かったです。
ことあるごとに感じる 祖父あってこその私たち家族 ということを、改めて感謝すると共に、一身に受けてきた恩恵を 少しでも還元できるように、自分に与えられた仕事、様々な人との出会いに誠実に生きていきたいと思います。







