【日本とカンボジア♥】

 日本とカンボジアの関係について・・・

 歴史的に関係が初めて記されたのは江戸時代初期の朱印船貿易の結果カンボジアにも日本の商人中心の日本人町ができたところから始まり、加藤清正の家臣で熊本城の建設や江戸城の改修などで有名な森本義太夫の次男、森本右近太夫の落書きが今もアンコールワットに残っていることも有名です。

 その後、日本は鎖国政策が進み朱印船が廃止されると日本人町も消滅、日本鎖国中の欧米の進出をうけてカンボジアもフランスの植民地となりました。

フランス領インドシナの外邦図と「南進論」

 その100年近いフランス当地を終わらせたのが日本軍の進駐でしたが、まもなく日本は敗戦を迎え統治期間が短かったこともあり、また、日本軍が徹底してアンコールワットはじめ遺跡の破壊行為を禁じていたこともあって反日感情などはほとんど見られなかったといいます。

 

 日本敗戦後の国際裁判で、日本軍に侵略を受けた賠償請求が認められた際に、他国に先立って当時のシハヌーク国王は賠償権を真っ先に放棄したことで日本も助けられてます。シハヌーク前国王の三回忌に思う: メコンの風に吹かれて

 

 戦後の処理の中で、シハヌーク国王を中心に世界に働きかけを行い、ついに1953年に正式にフランスからの完全独立を果たしましたが、日本は特にカンボジアを援護しました。

 その独立の話し合いをするためのシハヌーク国王の日本滞在中にシハモニ現国王が生まれたので、子どもにトーキョーというニックネームをつけて呼んでいたとか、完全独立が認められたという報告も、たまたま日本滞在時に受けたなど、目に見えない縁があるようなエピソードも多く存在します。

 

 現在イオンモールも3つ、プノンペン中心部にはイオンのマックスバリューの店もどんどんできてきたり、24時間営業のセブンイレブンも急激に店舗を増やしていて、また、日本料理店も既にたくさんありますので日本のみなさんも不自由はあまり感じなくなってます。

 新型コロナ前には直行便もありましたが、まだ残念ながら復活していないために、ベトナム、タイ、中国、韓国、シンガポール、香港、台湾、マレーシアなどを経由する必要がありますが、日本と長く友好関係を続けてきているカンボジアとアンコールワットをぜひ訪問ください!

 

 

 ブログご覧の皆さまも引き続き温かい応援よろしくお願いします。

 

カンボジア・プロボクシング・コミッション Cambodia Professional Boxing Commission (CPBC)

 理事・事務局長

 磯部正広 ISOBE Masahiro (Mashiro)

 

 

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