成功の種(後半)
何が大変だったのか。
結婚、出産、退職。これだけなら大変とかそいうことにはなりませんが、困ったことに一歳のお子さんをかかえたまま、離婚をすることになってしまったとのこと。もちろん、そういう話は世間に沢山あると言ってしまえばそれまでですが。でもまぁ、離婚を前提に人生設計、キャリア設計をする人はいませんよね。
さて、食べていかなければならないのは明らかなので、まずはお子さんを保育所に預けなければならないと、市役所に相談に行くと、「働いていない方だとお子さんを預かることは出来ません」とのこと。
子供を預けられないと就職活動さえままならない → 働いてないから子供を預けられない → 赤ちゃんを抱えたまま就職活動ぉぉぉぉ。。。ということで、一時期かなりパニクったそうです。が、お子さんを預けるためのもう一つの条件があることが判った。それは「学生であること」だそうです。またもや、ほとんど消去法的な選択をすることとなり、当時流行り始めていた社会人大学院の一つ、青山学院でファイナンスの勉強をすることになった。大半の人とは随分違った志望動機だ。それでも全く働かないというわけにも行かない。そんな時、運よく昔の仕事仲間が、秋山さんの状況を聞き及び、あるドイツ系の金融機関でもアルバイトを紹介してくれた。人のつながりと言うのは、本当にいざと言うときありがたいものだ。少なくとも2年間の猶予は出来たことになる。
それにしても、現実は厳しい。MBAをとればどんな人でも一律にチャンスが広がるわけではない。ROI的にはマイナスになる人が大勢いる。ビジネススクールも商売だから仕方が内面もあるが、その辺もきちんと考えた上で、現実を見た上で学生募集をして欲しいものだとつくづく思う。(MBAを取るべき人、そうでもない人、辞めた方がいい人については、いつか別項で書きたいと思う。)
秋山さんの場合、別に甘い幻想を抱えて青学に通ったわけではないが、「つぶしが利く範囲が広い職種を経験してきたわけではない」「キャリアのブレークがある」「30代後半の女性である」という不利を抱えての就職活動をしなければならなかった事は動かし難い事実だ。なんとか見つかった就職口が、これも知り合いの紹介の外資系証券会社。だたし、いきなりニューヨーク勤務をすることが条件だった。秋山さん曰く「他に仕事がないんだから、アフリカでもアメリカでもどこでも行ってやろう」ということで、お子さんと共に渡米することを即決。いわゆるウォール街でトレーダーを1年間程することになるのだが、この決断が後の起業の伏線の一つにもなっていくことは、この時は知る由もなかったのは言うまでも無いことです。
では、なぜSRIなのか、なぜ起業なのか。これも計算づくでもなんでもなくて、偶然の産物と言えると思う。アメリカ時代にはSRIなんて言葉は聞いたことが無いそうです。
帰国後のある日、コンプライアンス関連の研修を受けなければいけなくなった上司が、研修先で麗澤大学の先生から「アメリカにはSRIというものがある」と聞いてきて、帰って来るなり、「おい、SRIって知ってるか?」と聞いてきたのが秋山さんとSRIの出会いの直接のきっかけだったそうだ。当時SRIという言葉をネット検索にかけるとスリランカだとか三和リサーチインスティテュートだのはあっても、なかなか見つからず、結局それらしきことが書いてあるページは10ページくらい後だったそうだ。
ウォール街での仕事を経験されていた秋山さんは「これだ!」と思ったそうだ。ウォール街という所は、彼女の言葉を借りると「善人ばかりの所ではなかった」そうで、法を犯さないまでも、法律すれすれのことをしたり、同僚にガセネタを振っておいて自分だけ有利になるような取引を追及するような人も珍しくは無かったそうだ。そういう事を続けてると、職場にいづらくなるくらいわからないんでしょうかね?実際、「この人はちょっと」、という感じの人が、秋山さんの勤める支店でも1年の間で3人いなくなってしまったそうだ。公正にもうけるという、当たり前の事に価値を見出すSRIという考え方に強く引かれたのもうなづけます。「どれだけもうけたではなく、どのようにしてもうけたか。」これはSRIの背景にある考え方だそうですが、こういう台詞が吐けるのは、本当に素晴らしいことだと思います。大成功を収めた人が単にこの台詞だけを口にしただけでは説得力が無いですが、秋山さんの口から出ると妙に説得力があります。
でも、生活に追われ、経済的な困窮も経験しながらなぜ独立なのか。出会って半年しかたっていないSRIをネタに、なぜ41歳で起業だったのか。そもそも、SRIを日本に広めるといっても、自分が身を置く証券会社経由でという選択も無くはなかったはず。それでも彼女は、バイアスのかからない、中立の立場でこそSRIを推し進めていくべきと考え、元上司と共にインテグレックスを立ち上げたのだ。しかしながら、言うは易しで、その後2年間は全く売り上げがゼロで、ファンドを立ち上げようにも、「そんなこと言っても、投資先が不祥事をおこしたらどうするんだ!」という超現実的な行く先々の会社の声の前に、ついに念願のファンドを立ち上げることが出来なかったという。それでも、辞めようなんてこれっぽっちも思わなかったそうだ。
講演終了後のQ&Aセッションで、「どうしてSRIにそこまでのめりこんだのですか」との質問に、秋山さんは即答で「そうですねぇ、あの頃はキチガイだったんですよ」と真顔で答えていた。失礼な言い方だが、なんだかわかる気がする。何か凄い事を始める人って、やはり、確信犯的なノリがあるように思うのだ。
すごいと思ったのは、社員数たった3人の前途多難な彼女の会社に合計47人もの人たちが「ポケットマネーだか何だかわからない」お金を投資してくれたということ。設立5年目にして始めて配当できるようになったそうだが、その際も「まさか配当できるなんて思ってなかった」とか「配当するなんて聞いてなかったから、税務報告してなかったし困るよ(笑)」まで言われたそうだ。秋山さんの人柄とビジョンに共鳴したというだけで結構な額を「投資(というより援助)」してくれた方々が47人もいた、というのが本当にすごい。
秋山さんの成功の背景にあることとして、
1、頭がいい(一定水準以上の学力)
2、ポジティブ
3、純粋
4、努力家
5、決して偉ぶらない
6、人にかわいがられる
7、運に恵まれる
ということが挙げられると思う。でも、多分彼女からすると成功という言葉で彼女の成功を語られることには、違和感もあるのではないかと思う。一つ強く思うのは、「運に恵まれる人」の「運」は全くの受身の生活の中からは生まれてこない、と言うことです。
そんな秋山さんが今でも心の支えになっている、というかつての上司の言葉:
「えらそうにするな。実力だけが評価されたわけではない。」
「本人が負けと思わない限り負けではない。」
そして秋山さん自身の経験から、思うこ事として再三強調されていた言葉が、
「すべからく全ての仕事は社会に貢献している」
脱帽です。
成功の種(前半)
GE という会社をご存知でしょうか。とても良い会社だと前々から思ってましたが、そのGE Japanで年に1度開催されるGEウィメンズ・ネットワーク年次総会なるものにたまたま招待されて行って来ました。
その中で、秋山をねさんという、株式会社インテグレックス の創業社長さんのスピーチがあり、かなり良かった。イチローのMVP受賞のニュースも「すごいなぁ」と思ったが、彼女の話しも「すごいなぁ」でした。SRI(社会的責任投資)という言葉と考え方を日本で広めた貢献者と言えるかもしれない。
その秋山さんの大学卒業後のキャリアについて色々お話があった。当時(80年代中盤)は男女雇用機会均等法などはなく、女子大生に門戸を広げている企業は少なく、女性の本格的社会進出は難しかった。彼女の言葉を借りると、「就職先が全然無かった」そうです。そこで目をつけたのが外資系企業。外資系企業は比較的女子大生でも男子学生と同等に就職の機会があったのだそうです。そして外資系にターゲットを絞って、ある意味消去法的就職活動の結果最初に就職したのが某米系証券会社。学生時代、名門ブラウン大学に1年間交換留学に行っていたこともあり、英語が出来たのは幸いしたのは言うまでも無い。(って言うかブラウン大学はすごすぎる!)
が、あてがわれたポジションはセールスセクションのアシスタント。4~5名で1チームの男性社員からなるセールスチームの文字通りアシスタントとなり、コピー取りやお茶汲みなどのお手伝いさん。それでもいつかはキャリアアップを果たしたいと、上司の許可の下、仲間数人と業務終了後に勉強会を開き、猛勉強の末アメリカの資格の勉強をして資格もゲットした。ちなみに男性社員に対しては3ヶ月とか半年とか、受験勉強だけしていてもOKという制度があったとのこと。ビックリ!
そうこうするうちに、セールス部の隣にある運用部なるものの仕事に興味を抱き、「いつかは私もトレーダーになりたい!」と思い、入社2年くらいのタイミングで、運用セクションの外国人上司に、「私にもいつかチャンスは回ってきますか?」と聞いたところ、その上司は「冗談じゃない!日本人に、しかも女性に運用なんかに任せられるはずないじゃないか!!」と即座に言ったそうだ。これには心底驚いたとのこと。確かにものすごい差別があったんですね。今は随分変わったらしいですが。当時はトレーダーといえば、米国人男性ばかりで、日本人が珍しいばかりか、女性は皆無と言っても良いくらいであったそうだ。
それでも「チャンスが無いんなら転職してやる!」なんてカケラも思わなかったそうだ。コピーを取るにも、ささっと内容に目を通し、「へー、こういうことをお客さんに答えるんだ~」みたいな発見もしつつ、それなりに楽しみも見つけながら業務にいそしんでいた。そんなある日、直属の上司が転職することになり、その行き先が当時アメリカで第2位くらいの規模であった証券会社の日本支店。支店の立ち上げの為に、支店長として採用されたとのこと。で、ラッキーなことにその上司に「おまえも一緒に来ないか?」と誘われ、更に「何がやりたい?」と聞かれたので、「あのぉ、トレーダーっていうのやってみたいんですが」と言うと、「そうか、じゃぁやってみるか」とあっさりOKされた。"立ち上げ時期で人が全然いないからという事情があったにしても、本当に幸運だった"と秋山さん。
20代の日本人女性の外国債券トレーダーの誕生ということで、当時一部マスコミにも取り上げられたりもしたらしい。文字通り24時間戦士として目の回るような毎日を送ったものの、仕事そのものは面白く、大変充実していたそうだ。
が、あろうことかその証券会社、その後倒産してしまう。幸いにもその証券会社は他の証券会社に買い取られ、約半数の社員がクビを切られる中、秋山さんは吸収合併先でもトレーダーとして活躍した。計7年ほどトレーダーとして活躍したが、出産を期に退職することとなった。勿論、子育てが終わればやがては社会復帰したいなぁ、という思いはあったそうだが。
それなりに激動の生活をしてきたわけだが、そこからが大変だった。。。《つづく》
飲みすぎにはご注意を
今日は職場でHPのリニューアル記念ということで、打ち上げパーティーがあった。先週から体調がすぐれない
のだが、飲み放題!
ということもあってか、誰もぶっちする人はいなさそう。それに加え、「cozyhutさんって飲み会のときっていっつも仕事とか具合悪いとかじゃない?」と言われて切れた。(なんで?)「おぉ~?じゃぁ飲んだろやんか」ということで行ってしまった。
終バスなくなるから早目に帰らなきゃと思ってたんですが、ついうっかり、やばい時間になってしまった。すっかりいい気持ちになってたけど、「cozyhutさん、バスなくなっちゃうよ」の一声で、少しだけ我に返ったものの時既に遅しだったかも。
ふらふらしながら「でわでわお先に~♪」なんて歩き出したものの、どうもおかしい。何が?
地下鉄に乗ろうと思って階段を下りたのはいいが、おっと、実はそこは地下鉄の入り口ではなくて、道路の反対側に通じる地下通路だった。。。。。気づくの遅すぎ。ってか何で間違えるのか。
地元の駅までは帰れるものの、案の定終バスは後5分の差で間に合わず。![]()
丘を登って50分の道のりを帰る勇気(というか体力)があるはずもなく、並んで並んでタクシーのお世話に。しめて1,060円也。こういうのは経費請求できないんですよね~。
いったい私はどこに住んでるんだろう。。。?通勤2時間は辛過ぎ。
はぁ、、、明日もがんばるぞっ!
モチベーション
知る人ぞ知る、というか、今更驚くような情報ではないかも知れないが、とある人事コンサル会社の調査によると、日本人は働くためのモチベーションがものすごく低い人が多いのだそうだ。調査によると、仕事に「意欲的でない」と答えた日本人も41%もいるとのことで、インドの56%の次で、調査対象16カ国のうちで、ビリ(?)から2番目の記録。ちなみに「仕事に非常に意欲的」と答えた日本人は、2%でぶっちぎり。(HPはこちら)
調査によると、「これは、過去10年以上にわたって景気が悪く、人員削減をはじめとした急激な組織改革が行われたため」、会社に対する忠誠心が薄れてきたためだとか。---そうなのかなぁ。会社に対する云々とか、あまり感じてきたことがないので、どうも実感がわかない。しかも、「日本人は意欲が減退しても、勤勉さに変わりはない」のだそうだ。
低いモチベーションで勤勉に働いてる(働かされてる)のが現代日本人ってこと?そりゃぁ過労死もしますわな。
しかし。。。思い出した。今を去ること20年程前のこと。日米貿易摩擦とやらが、かなりヒートアップしていた時代。私もこ某省庁の中にある外郭団体で残業200時間ペースで働いていた頃のことを。夜中の2時に帰途に着くため省の外に出ると、通産省の窓の明かりは半分くらい赤々と灯がともっていたことのことだ。何の気なしにCNNニュースを見ていたら、キャスターの女性が、「最近日本で流行っている言葉があります。それは"kroooshii"と言う言葉です。」何度聞いても『コローシ(殺し!?)』としか聞こえなかったが、よくよく説明を聞いてみると、『か・ろ・う・し(過労死)』だった。
別に流行ってるわけじゃねーよ!とか画面に向かって突っ込みをいれてたのを覚えてる。私も確かにめちゃめちゃ働いていたし、あるときついに朝起きられなくて、しかもそのときは前日家に、帰ることが出来なかったため、都心に近い出張中の兄のアパートに泊まっていたので、会社中で「cozyhut」が行方不明になったー、なんて騒ぎを起こしていたりした。でも、仕事が嫌だ何てこれっぽっちも思ってなかったし、自分の仕事に誇りを持っていた。ん~。今とは大違い?
それはともかく、仕事を無理やりやらされて、挙句の果てにポイッ、みたいな事は随分前から起きていたのだ。なんでこんなことになってるんだろう、なんてことも留学中のテーマの一つだった。日本を外から見て勉強してみると確かに、その原因っていうのか、社会のつくりとか、それを作ってきた歴史の違いというのはわかることだ。が、でも、それがわかったところで、なかなか変えることが出来ないのが社会のシステムと言うのだろうか。
留学先で、社会学者の私の恩師は、卒業する前に「僕はどちらかと言うと逃走派なんだよ」と、やや自嘲的に言ったものだが、その恩師に向かってわたしは「僕は闘争派になって、無駄だとわかってる戦いに挑みます」だなんて、凄い事を言ってしまった。
戦いを挑むにしても、尋常ではないモチベーションと、高い能力がなければなかなかやっていけるものではない。その後の人 生、どちらかと言うと負け気味だし。まぁ、まだ完全に負けと決まったわけではないが、現実の厳しさは嫌ってほど味わって来た。
あの事ほど青くもないし、体力もないし(先週ひいた風邪がまだ治ってない!)、気力が充実しているとも言えない。でも、低空飛行だろうと何だろうと、墜落するわけには行かないさね。
夢は持ち続けたいものだ。そしてその為に何が必要なのか。そこが大切ですよね、きっと。
世界を変えることは出来ますか?
フジテレビの『私たちの教科書(HP) 』の最終回を見た。泣けました。私にも明日香と朋美が出会ったときと同じ8才の娘がいるせいなのか、かつては教育産業の中に身を置き、陰惨ないじめ、不登校、自殺未遂、とんでも系の親たち、見てみぬふり全開モードの校長や学長や生徒たちと対峙していた経験があるせいなのか、良くわからないけれど涙がつつーっと頬を伝ってきた。
「先生、世界を変えることは出来ますか?」と初回で明日香が口にした台詞が、最終回でいやらしいほど計算されたタイミングで繰り返された。筋立て的には正直ありえない気がするのだけど、それはどうでも良かった。
テーマは、いじめとか、教育や社会の矛盾とかではなく、実は「生きる」ということ、それも「正しく生きること」とその難しさにあったのではないかと思った。朋美が救われるかもしれない、でもそうなのかな?というようなあいまいな終わり方にも、人が生きていくことの難しさが物語られてる気がした。「楽しいことも、悲しいことも二人で分け合おうねって約束したじゃない」明日香の台詞がかなり切なかった。
閑話休題…
私には今、いくつかの関心事があります。そのうちの一つが、「英語の勉強をするのって何故?理由はきちんとあるの?それはホントに人生を豊かにするの?キャリアアップにつながる見通しはあるの?留学すべきなの?それとも英語をちゃんと勉強しておけばいいだけじゃないの?」という一連の疑問に答えること。多くの英語産業に手を染める法人が、実は商売のための商売になっていることに気づいて欲しい、みたいな思いが根底にあります。
でも、「正論ばかりでは食べて行けない」・・・ そんな声もどこかから聞こえてきてしまうんです。心の中では、「今に見とけよ!正論突き詰めたるからな!」みたいな、もう一人の自分がいるのも確かです。青いんだか、アホなんだか、それともずるいだけなのか?
出来ればアホでいつづけたいものです。
リスニング力!
通勤途中の地下鉄で良く英語圏の方々が話をしている光景に出くわします。会社近くのドトールでも時々金髪のオネエサン達がおしゃべりをしています。
何を話してるのかな?なんて少々盗み聞きモードで耳を澄ますのだけれど、今ひとrつ聞き取れない。確かに地下鉄でもドトールでも雑音はあるし、至近距離で聞いているわけではないので、完全には聞き取れないのは仕方ない。でも、それが日本語だったらそんなはずはない。やっぱり、リスニング力落ちたのか。。。
それもあるとは思うが、所詮あまり積極的に接してきたことの無い類の英語だからだ。どういうことか。
1)口語表現バリバリなので、そもそも知らない表現があちこちに使われている。
2)リラックスした会話が多いので、文法的にも語法的にも教科書的に正しいとは限らない部分が結構ある。
3)同じく発音もややルーズであったりする(ネイティブ的には全然許容範囲でも、外国人的にはかなり厳しい)
4)場合によっては、話題そのものもなじみの薄いものがあったり。
特に1)~3)は大きいです。
いわゆるeducated Englishをしっかりと話し、話題も共有している人とマンツーマンで話すのには今でもそれほど苦労はしません。仕事上の話しオンリーならあまり問題は無いのです。
留学中も大学の授業はついていけたのに、休暇で田舎に遊びに行ったら、地元のスーパーでバイトしている高校生とか、道端で遊んでいる子供たちの英語はわからなかったなぁ。。。少しギリシャなまりのある床屋のおじさんのマシンガントークもついていけなかったし。
特に成人の英語の学習者にとっては、色々な英語が存在すると言うことは意識しておいた方が良いと思う。どういう場面で何のために英語を使うのかをはっきりさせて、目的にあった英語を優先的に学んだ方が効率が良いと思うのです。いわゆる英会話を勉強しても、効率よく仕事に生かせるようになったり、留学で学習効果を上げることに直結はしない、そう強く思うのです。
そうは言っても、口語には慣れておいたほうが友達の輪は広げられるので、やらないよりはやったほうが良いとは思います。
とか言いながらも、私の場合、必要にせまられてないのでやらないんだろうなぁ。。。
自分の市場価値
転職サイトなどで色々な市場価値診断みたいなものがあります。結構色々アンケートに答えなければならないので少々面倒だが、ものは試しといくつかやってみることにした。で、以下が、その診断結果:
「あなたは●×▲関連の仕事をする上で必要な能力を、まずまずのレベルで有していると言えます。これは◆◎▼■スキルはもちろん、全ての仕事に求められるビジネススキルの総合点が平均レベルにあることを意味しています。●×▲関連は数ある職種の中でも、より高いコミュニケーション力・分析力・マネジメント力が求められますから、今後はビジネススキル全般をさらに磨いていってください。ただ年収というものは本人の能力だけでなく、業種や企業によって変動幅があります。現在の年収に不満があるのなら、匿名で企業からの打診が体験できるアプローチ型のサービスを試してみるのも良いでしょう。 」
ちなみにこの診断では、私の年収も勝手に予測してくれる。結構おせっかいだ。しかもありえないくらい全然当たってないし。
(労働)市場価値と言っても、微妙に色々定義があるし、そもそもその市場環境にもよっても違ってくるものだ。よほど無謀なキャリア形成をしてきたり、ありえないような願望を抱いていない限り、みんなそこそこの価値はあるように思うんだけど。。。
願望が妄想、妄想が暴走してキャリア破壊!なんてことにならないよう、注意しなければ。敵を知り己を知れば百戦危うからず、なんだろうか。
ん~、それにしても、診断コメント最後の一行、あまりにも安易だと思う。
ドラッカーだと思う。
「機会の平等と人の位置づけと役割の実現こそ企業にとって最大の仕事である。」とは、かのピーターFドラッカー氏の言葉だそうな。
なかなか厳しいことをおっしゃっていたんですね。経営の問題は、結局「人」に収斂していく、みたいなことは、あちこちの経営者の方々が仰っていますが、その問題をクリアしつづけていく(=業績の継続的拡大?)ということは、実は、本当に難しいことでは?
単純なことの難易度が低いとは限りませんよね。
インド人の英語
世界の果てまでイッテQ! を見ていたら、スリランカでダム建設の仕事をしているお父さんに、小学生の子供がオセロの中島と一緒に会いに行くという企画をやってた。お父さんは単身赴任でお正月とお盆の2回しか家に帰ってこないのだそうだ。
中島が現場で働くインド人工夫たちに「お父さんってどんな人?」と聞くと「大酒のみ」との答え。お父さんはニコニコしていたが、果たして日本でも大酒のみであったかどうかは疑わしい。
通訳さんはどうも英語ではなく、現地の言葉(ヒンディー語)でやってたようだ。インドでは英語は準公用語だそうだが、工夫さんたちは英語が得意ではないのだろう。お父さんがヒンディー語ペラペラとはちょっと考えにくいし、大勢のインド人たちに囲まれて仕事をするお父さんの苦労は、言葉一つをとっても想像に難くない。突然現れた我が子を見て、嬉しかったろうなぁ。(そういえば今日は父の日。我が娘は何故か嫁の両親のところに連れてかれたまま帰って来もしない。むき~ぃ!)
留学していた頃、同じ学生寮にPhDコースにいるインド人学者さんの卵がいた。エリートさんです。バナナを黒くする菌の研究をしていた。「?」なんでまたそんなマニアな研究をしているのか聞いたとろ、「おいおい、日本人の君がそんな事聞くのかい?僕は日本人のために研究してるんだよ。まったくさぁ、日本人はバナナが黒くなってると買ってくれないんだから。うるさくてしょうがないよ。黒くなるのは当たり前なのに。腐ってるわけでもなんでもないのにさ。こんなことで文句言うのは日本人だけさ。ま、僕はそのおかげで仕事があるんだけど。」
バナナの話にも驚いたが、その英語の聞き取りづらいこと。独特のリズムに加え、「r」はみんな巻き舌発音。母音も微妙に短いし。ギリシア人、中国系マレーシア人に告ぐ聞きづらさだった。英語って言うのもほんっと色々あるんだなぁ、とつくづく思いました。
今では笑い話だが、ひょんなことから、私の父が某地方テレビに出演することになったマザーテレサの通訳をつとめた時の事。彼女が"We have to pray together. Join our hands."と言ったのを(世界平和の為には)「私たちは一緒に遊ばなければなりません。手に手をとって遊びましょう」と訳してしまったのには、オーマイガーッだった。prayは祈る。join our handsはその文脈からすると、手を合わせるとか、合掌するという意味だろうに。名訳、否迷訳だった。
TOEICやTOEFLでカナダやオーストラリアのアクセントを取り入れたらしいが、どうも半端な感じは否めない。そもそも、英語ってそれだけかよ、みたいな。せめて、よく聞く訛りを研究に研究を重ねて、ホントにナチュラルな英語に耳を鳴らすことの出来るような学習環境ってないものだろうか、そんなこと感じた事ありませんか?
英会話学校
またまた英会話学校の大手が業務停止命令とやらで槍玉に挙げられてます。
私は留学から帰ってきて色々な仕事をしましたが、その中で1年間某英会話学校で先生をしていたことがあります。個人レッスン、少人数制の英会話レッスン、英検、TOEIC、TOEFL・・・色々教えました。その後も学校などで英語を教える機会がありました。
今は教育からは一時期足を洗った格好なのですが、やがて起業を目指しています。そのプランの中には性懲りも無く「英語を教える」があります。でも、いわゆる英会話学校をするつもりは毛頭ありません。だって、夢を売る、下手をしたら妄想の助長をするばかりの、商売のための商売をしたくないからです。英語なんて勉強しない方がいいのに勉強している人がいるのは哀しいと思います。でも、やるならとことんやれよ!そして自分の未来に責任を持てよ!そうも言いたいのです。
私は様々な形で英語を教えた経験は10年以上になります。就職指導や留学準備指導もしてきました。でも、どの学校でも本当に生徒や受講生の為になるサービスを提供できたと言う実感が持てません。何のために英語を勉強するのか?その先にどういう可能性があるのか。そこには一定の根拠があるのか。多くの生徒、受講生は「英語がしゃべれると友達が沢山出来る」とか「英語がしゃべれるといい仕事に就ける」とかそういった思いがありました。でも、本当にその夢が実現した人は決して多いとは言えません。そもそもその夢が漠然としすぎていたり、非現実的だったり、、、そういう人を沢山見てきました。上手く行った人の共通点は、英語が出来るようになる以外の目標がある程度はっきりしていている、そしてその為の計画が具体的且つ理にかなっているということです。もちろん、センスの良い人は、それほど具体的で現実的なプランを持たなくても、結構すごいこと出来てしまう、というのはありますが。。。
キャリアアップということに絞ると、更に厳しいものがあるかもしれません。どういうことでしょう。例えば留学。猛烈なモチベーションで勉強を続け、見事海外の大学院に合格、そして卒業して、、、。皆が皆、誰もがうらやむような、そして本人も超納得!というような職に就けているかどうかというと、ぜんぜんそんなこと無いのです。留学なんかしなかった方が良い人すら沢山、沢山います。でも、なぜ私は止められなかったのか。学校の利益、会社の利益を優先させるため、あからさまに「やめたほうが良いですよ」なんて言えなかった事もありますが、どんな人がより良いキャリアを積み上げて行けるのか、どんな人が徒労に終わる可能性が高いのか、ほとんど具体的な実例を知らなかったからでもあります。私自身、商売のための商売に加担していたことを認めざるを得ません。
嗚呼せめて、英語教育に携わる人は、世の中の現実について常に広く研究することを忘れないでいただきたいと心から思います。それは、実はとても難しいことです。だったら、どうしたらいいんでしょう。その答えを見つけるために、日々すごしているのかもしれない今日この頃です。
