群ようこ
『働かないの れんげ荘物語』
(ハルキ文庫,2015年)
『れんげ荘』の感想を書いたとき、「短期のパートやアルバイトでもいいから働けばいいのに…」と書いたばかりですが、続編のタイトルは「働かないの」。
頑として働かないんだなァ…キョウコさん。
(*^-^*);;;
続編で新たに刺繍という趣味に出会ったキョウコさん。
気力・体力の衰えをひしひしと感じつつも、「じぶんがやりたいように、のんびりやればいいんだ」と、あくまでも自分ファーストで刺繍を楽しんでいます。
でも、趣味が高じてくれば、新たな材料が欲しくなるかもしれない。
「本格的に先生に習いたい」という気持ちになるかもしれないし、「刺繍展を見に行こうかなー」という気持ちにもなるかもしれないじゃないですか!
そういうとき、先立つものはやっぱりお金。
経済的な暮らしの安定のため…ということもあるけれど、むしろ精神的余裕のために、キョウコさんは少しでいいから働くべきではないかと思います。
また、続編には新メンバーの「チユキさん」という女性が出てきます。
若くて、モデルさんのように背が高くて、アートに興味津々な素敵な女性ですが、「おしゃれで無機質な生活空間は自分には合わない」という理由で、れんげ荘にやってきました。
クマガイさんもキョウコも、チユキさんを大歓迎し、さっそく3人で意気投合!
大家さんの計らいで「れんげ荘」も若干住みやすくなり、華やかな新メンバーも加わり、ますます楽しそうな「れんげ荘」ではありますが…。
でも、私に言わせれば、チユキさんには他のふたりと決定的に違うところがあるのよね。
ーー若さ、じゃないですよ。(*^-^*);;;
それは、チユキさんには「収入がある」ということです。
実は、チユキさんはタワーマンションの1室のオーナーなのです。
祖父がマンション建設地内に土地を持っていて、立ち退く代わりにその1室をあてがわれたのだとか。祖父が亡くなった後、チユキさんはその部屋を知人夫妻に貸し、家賃収入を得ているのです。
また、ふらっと温泉旅館の短期アルバイトに出かけたりして、きちんと生活の糧を得ようとしているところもあり、なかなか好感が持てる感じなのです。
つまり、チユキさんの扉はちゃんと社会に向かって開かれている。
それに対して、キョウコの扉はがっちり閉まっています。
もちろんクマガイさんの扉も閉じているのだけど、こちらは高齢でもあり、失礼だけど「まあ、このまま行くしかないのかな」という感じがあります。老いて体も弱ってくれば、家の中で過ごす時間が長くなるのも当然でしょう。
でも、48歳のキョウコは「老いている」と言うにはまだ若すぎます。社会一般の定年までまだ12年もあるし、その定年も65歳に延長されるか、70歳まで働き続けるか…という時代に、48歳で社会とのつながりを断ってしまうのは、ちょっと早すぎる気がします。
「私は私、これでいいの」と、自分の殻に閉じこもり続けるうちに、手のつけられない偏屈ババアになってしまう可能性もあります。
「偏屈ババア」というのはかなりキツい言い方だけど、自分もそうならないように…という自戒を込めて、あえてこの言葉を選びました。
まだ若い子の頭の中がレンゲ畑なのは、許される。
苦労し尽くしたお婆さんが、想い出のレンゲ野原を心の中で駆けながら、従容として死につく姿も、美しいと思う。
でも、中途半端な年齢の中途半端な女が、「私のお城のれんげ荘(=ボロアパート)でわーいわーい」っていうのは、「ヤバい」を通り越して「みじめ」「哀れ」だと思います。
それは金銭的な豊かさの問題ではありません。
「自分を向上させたい」という気持ち、あるいは「誰かの役に立ちたい」という気持ちを失ってしまった人間のみじめさ、哀れさです。
この話を単なるメルヘンとして読める人は幸せだなぁ…と思うけど、私はもうちょっとリアル重視な女なので、こんな読み方しかできませんでした。
すみません! (*^-^*);;;
