30歳、鬱病持ちで肉体労働をしているサラリーマンです。妻は妊娠3ヶ月。まだお腹も大きくはないけれど、つわりが強くて一日中しんどそうにしています。
朝、家を出る前に妻が吐き気でうずくまっているのを見ました。本当は少しでも支えてやりたいのに、「頑張ってね」と声をかけるのがやっと。出勤前から罪悪感が押し寄せてきました。父親になる実感よりも先に「大丈夫かな」「自分に何ができるんだろう」という不安のほうが強いです。
車を走らせ、40分かけて現場へ。信号待ちでハンドルを握る手のひび割れを見て、「自分は稼ぐために体を削るしかできないんだな」と思いました。現場では今日も重い資材を運び、鉄骨を組み立て、汗と埃にまみれる。肉体労働は確かにきついけれど、動いている間だけは頭の中のモヤモヤを忘れられることもあります。ただ、今日は鬱の波が強く、ちょっとした指示にも「自分は遅い」「役に立たない」と勝手に結論づけてしまい、心が先に潰れそうになりました。
昼休み、車の中でコンビニ弁当を食べながら妻からのLINEを読みました。「つわりがきついから寝てるね」。その一文で、家にいる彼女のしんどさを想像して胸が痛くなる。自分はここで弁当を食べてるだけなのに、妻は小さな命を守りながら苦しんでいる。比べてしまって、ますます自分が情けなく感じました。
帰りにスーパーに寄って、妻が食べられそうなフルーツゼリーをいくつか買いました。助手席にその袋を置いて運転しながら、「せめてこれくらいは」と思ったけど、本当はもっと何かできるはずだと自分を責める気持ちも消えません。
夜、妻はゼリーを少し口にして「ありがとう」と言ってくれました。その一言で報われた気がしたのも事実です。小さなことでも「役に立てた」と思えた瞬間、明日もなんとか頑張ろうと思えました。
正直、鬱の波で体も心も思うように動かない日が多い。でも、妻のお腹の中にいる命は確かに育っていて、来年には父親になる自分がいる。今はその現実が重くもあり、支えでもあります。
明日もきっと重たい一日になるけれど、この小さな命と妻のために生き延びたい。そう思いながら今日は眠ります。