昔に比べれば今の社会は明らかに便利なものが溢れている
便利なものがあればそれを使いたいと思うのは自然なことだ
その為、人々は次々と便利なものを生み出し利用する
しかし、その技術の発展こそが人間の怠慢を生み出している気がする
「全て○○がやってくれる」
「全て○○がやってくれるのが当たり前」
「全て○○だからやるのが当然だ」
当たり前ではないものが当たり前になれば、あることやることが当然と考えるようになる
そして、徐々にその環境が当たり前という傲慢な意識を生み出す
『 何故に今があるのか 』
何かを作りたいと思ったからこそ作られた
何かをしたいと思ったからこそ現在がある
努力しなければ手に入らなかったものが、技術の発展に伴い容易に手に入れることが出来るようになる
その結果、努力をすることへの意識を低くするのではないだろうか
当然という気持ちは有り難みを理解していないからこそ生まれる言葉
有り難みを理解出来ないということは努力を知らないのと同じ
努力を知らないということは何とも闘ってこなかったということ
何もかも楽をするようになるということは、いずれ努力をしない人を増加させることに繋がる
結果、何もかも衰退に繋がってしまう
努力の結果、現在の世界があることを感謝を忘れてはいけない
しかしながら、ほとんどの人はそのこと自体に気づかないのだろう
それ故、技術とはある一定の段階で止めるべきなのかもしれない