コーチの玉川です。
前回、予告しました、プロ野球で200勝を挙げ、
名球会入りした工藤選手と私との思い出を綴ります。
工藤公康さんの事、皆さんはどんな印象をお持ちでしょうか?
特に最近では解りやすい解説で、ニコニコと笑っておられる姿が
印象的だと思います。
もちろん見ての通り性格的には非常に明るい方で、
プライベートでもお喋りはお好きな方です。
ですが、私からの印象は一言で言えば、工藤さんは 炎の男。
そのものでした。
とにかく自分に対してはもちろんですが、回りに対しても
サボっている奴らが大嫌い。
同級生だろうと何であろうと、言いたい事はハッキリと言う人でした。
とにかく負ける事が何よりも大嫌いでした。
当然、毎日の練習量もハンパではなく、取り組む姿勢も
真剣そのものでした。
私が工藤さんと初めてお話し出来たのは、入部して1ヶ月ほど
たったゴールデンウィークの時でした。
たまたま近くにいた私が声をかけられ、ストレッチの
お手伝いをした時でした。
「玉川って言ったな~、いい身体してるな~」と
ニコニコしながら話し掛けて下さりました。
この時、肩と腕を少しマッサージしたのがきっかけとなり、
「おまえ上手いな! またやってくれ!」
こう言って私の事を気に入ってくださいました。
この日からたまに工藤さんのマッサージをする事になりますが
何せ工藤さんもまだ二年生でした。
当時の合宿所の文化や習慣では、二年生が一年生を使って
マッサージをさせるなどということは、許されないのです。
グラウンドや合宿所では、三年生の先輩方がいるため、
上級生の目に付く所では出来ませんでした。
初めは夜、暗くなったサブグランドでランニングをした後が
ほとんどでした。
とは言っても工藤さんは二年生の時には、もう不動のエース
でしたので、三年生の方も見て見ぬふりを
されていた事もあったと思います。
私はこの頃はまだ工藤さんとは別の部屋でした。
夏まではこんな関係が続きます。
二年生の工藤さんの夏はベスト4で残念ながら負けてしまいました。
8月になると、合宿所は一年生と二年生だけとなり、
新しく部屋割りをします。
この時工藤さんが当時の寮長だった織田先生(現野球部長)
に頼み込み、私が特別に工藤さんの指名による部屋っ子(付き人)と
なりました。
初日に、「今日から宜しくお願いします。」と頭を下げたところ、
工藤さんはあの可愛らしい顔と声で
「 おー! 今日からお前は玉川じゃなく 玉だ! タマ!
ネコみてぇだな。ハッハッハ。 」
このときから、私は先輩や同級生から「タマ」と呼ばれ、
現在に至ります・・・
さてこの日から工藤さんとあの信じられないような
劇的な夏の大会に向かって行く事になります。
この時は私も、そして工藤さんも一年後にやって来る
ドラマを想像していなかったと思います。
つづく
「タマ」と呼ばれる玉川ですが、私と一緒に練習しませんか!!
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