「無意識に私が取り込んでいた父の価値観」についてのエピソードを前々回に書いた。
今回は私自身の子育てのエピソードを書いてみようと思う。
昨年、娘に言われたはっとしたことがある。
大学でボート部に入った娘。
筋トレしたり、朝はやくから練習したりと、4人乗りのボートの主力メンバーになるための身体づくりに取り組んでいた。
ストイックに取り組んでいたからか、身体つきもとてもシュッと引き締まり、アスリートっぽくなっていた。
そして入部した年に出場した大会で、優勝した。
主力メンバーになり優勝できたことで自信もついたようだった。
そして翌年、またしても優勝し、帰省した際にはピカピカのメダルを誇らしげに見せてくれた。
そして「自分は運動は苦手じゃなかったね」と私にポツリと言った。
人生のどこかで「運動は苦手」と思っていたようだが、2年連続の優勝を経験して気付いたようだ。
「それは思い込みだった」と。
娘が中学生の頃、陸上部に所属していた。
足の速い仲間と比べて、「運動は苦手」と感じていたようだ。
小さい頃はよく動き回る子だったので、私は娘がきっと運動神経がいいのだろうと思っていた。
でも小学校に入り、マラソンなどの人との競争になると、学年で最後から数えるくらいの位置でゴールしていた。
そんな娘のことを、配慮なく娘の聞いているところで「あんまり運動神経は良くないのかもね」なんて夫に話していたのかもしれない。
でも、「人は変わる」のだ。
年齢を重ね、身体も成長して興味をもった種目に出会い、試合に出たいと望んでトレーニングを積んだ娘。
どんどん楽しくなって、仲間と一緒にボート漬けの日々を過ごした。
きっと楽しいこと、仲間がいたことで、すごく頑張れたんだと思う。
自分自身に「運動は苦手じゃないよ」と証明できたのだと思う。
「人は変わる」のだ
だから子どもに何気なく「あなたは数学が苦手だよね」とか「絵を描くのが下手だね」なんて言っているとしたら、もったいない。
何かのきっかけですごく変わるから。
そして大人の側も、自分自身が成長の過程で、大人からの呪いのような言葉で自分自身の可能性を潰しているかもしれないってこともありそうだ。
もしあなたに思い当たることがあるならば、そんな言葉にずっと自分の興味や行動を制限されてるなんてもったいないと思う。
呪いのような言葉にがんじがらめにならないように、気づける日ができるだけ早く来るといいと思う。