2018年も相変わらず、ブログ無精、ヒトトセで御座います。


こればっかりは、もういっそ、直らない類のモノでしょうね。


更新したら「偽物か?!」と、疑われそうな域、です
 

さて。

ブログも無精、フットワークも決して軽いといい難い、漬物石のような私で御座いますが。


ご縁が繋がるままに、素敵な展示会に伺ってまいりました。

 

 

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【90名の記憶する足形】

ファイバーアーティスト田村陽子さんによる個展

2/24-3/4

CASE GALLERY
東京都渋谷区元代々木町55-6
Tel:03-5452-3171

 

苧麻で編まれた、90人の足形の展示、というシンプルで。

だからこそ、考えたり感じたり推測したり、思いを馳せたり出来る、個展でした。

 

もう、言葉を崩して言うと、むっちゃ、楽しくて


いや、なんで、こんなに楽しかったのか、私も未だ掘り下げ切れていないのですが。

 

全て、その人の、その時点の足形で。

田村陽子さんの手の運び、力加減、苧麻のその時の張り感、等々、その時点でしか作れないものが、ずっと残る。


人は成長するし、老いるし、やがて居なくなる。

けれども、その人の一部、足は、苧麻の編みを通して、変わらず在る。


(実際には、ゆっくりゆっくり苧麻も劣化していきます、が。)

 


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また、夕方になり、宵が段々濃くなると。

室内のライトアップによって、作品たちの影が、一つ一つの網目が、美しく、特徴的な木製の壁に映されていって。


その景色が、ただただ綺麗でした。

興奮しました

 

あと、昔に読んだ、津原康水氏の奇譚集の中の、脛骨、という短編を思い出しました。

 


それと。

自分が面白いと、素敵だと、やってみたいと、挑戦する芸術は、価値があり、自身もそれを信じて良いのだ、と。


田村陽子さんの芸術と、自分の活動を同じように扱ってはいけないのですが。


そこに需要なあるかどうかの如何に囚われ過ぎず、自身の芸術活動に向き合い続ける、というのは、それだけで、むしろそれこそが、まず尊いのではないか。


上手く、全く上手く、言えないのですが、貴重な学びを得られたのは確かだと感じています。

 


2000年から始まり、90人の生きている、生きていく、生きていた人の、足の記憶を留めた、田村陽子さんの「90名の記憶する足形」、おすすめです。

 


零れた話としては。

元々、此方の個展は田村さんのご家族からDMを頂いて、伺いました。


その方とも初対面ながら、貴重なお話が出来たり、ギャラリー主の方とも、訪れた方々とも、少しお話が出来たり。


言葉を頂ける、お話をさせて頂ける、というのは、とても有り難い事だなぁ、と、深く感じました。

忘れないで、噛み砕いて、吸収して、そして、育てて、アウトプットに繋げたいです



追記

何故、目の前が明るくなる様な感覚を得られたのか、について、ヒントになるモノを見つけましたので、URLを載せさせて頂きます。


生命を燃やすことと失うことの違いと思考の関係と-二元論への終止符