言葉で人の心に刺してしまったと、
感じたことはあります?
どちらかというと、
言葉で刺されたと感じることのほうが、
人は多いのかもしれないですね。
今年の春のこと。
不思議な男性が、突然、家に訪れました。
何かの営業でもない知らない人が家を訪ねてくるのは、
現代では気味の悪い出来事です。
ただ、なぜかその時、
この人の話しを聞いた方がよいと感じ、
話しを聞き始めてしまいました。
彼は、物々交換、情報交換をして、
人とのつながりを持つという
独特なコミュニケーションをする方でした。
風貌は、まさにスナフキン。
入り口は、猫の話しでしたが、
宗教的な話し、占いの話し、宇宙の話し。。。
そんな、ヤバめの話しをする方でした。
物と情報を回して生きている人なので、
風と地の強めな方なんだろうなということは、
会話の中から何となくわかりました。
ただ、彼は、人の時間を奪うことに
何の罪悪感も持たない人でした。
話しを聞いてくれる人であれば、
延々と独特な間合いで話し続けるのです。
彼は「時間を奪っている」というより、
「情報を提供している」という感覚で
自分がギバーとして話しをしていました。
彼と会話をしたことのある人は、
素朴な普通の人であればあるほど、
皆一様に、
あの人とはもう関わらない。と言います。
田舎の温厚な人が
「もう二度とこないでくれ」と
面と向かって彼に伝えるのですから、
相当なものです。
そして彼はそのことを、
相手が悪いように言うのです。
「いろんな情報を無料で教えてあげたのに、
あの人は何もくれなかった。」と
「もらう」「あげる」という感覚があるということは、
そこを表現できれば伝わるかなと感じ、
「あなたは人の時間を奪っているんだよ」と
伝えると角が立つので、こう言い換えてみました。
「あの人は
あなたの話しを聞くという時間を
提供してくれたんじゃないですか?
時間は命ですよ。」
言った後の彼の反応を見て、
あ。。。刺してしまった💦と感じました。
それ以来、彼は私の家に現れなくなりました。
自分の思うものが相手から返ってこないと、
自分ばかりが提供している側だと
時に人は勘違いしがちです。
でも違う視点を持つことで、
相手は別の視点で、別の価値観で、
実は何かをしてくれているのかもしれないと、
ちょっと考え方を変えるだけで、
その人が全く違った姿に映るかもしれません。
自分はしてもらっていない。と愚痴りたくなったら、
ちょっと視点を変えてみてはいかがでしょうか?
悪魔👿が天使👼に見えてくるかもしれません。
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