先日、職場の人からブログってやってる?と聞かれ、


途中でブログの乗り換えはしたけど、2年くらいやっていると答えたら、


「すご~い!


けど、それだけ続けられるってことは注目を浴びたいタイプなんだね」


と言われ、自分はそんなんじゃないと必死になって否定した。


が、後でよくよく考えたらあながち間違っていないのかもしれないと思った。


自分では目立たない存在感のない人間でありたいと思っているけれど、


実のところは深層心理では注目されたい人間なのかもしれない。



と、前置きはいいとして、最近、書道のことに関して、


自分では当たり前すぎて何の説明もせずにいたことが、


意外と皆は知らなくて質問されることが多いので、


ここでちょっと説明させてもらいます。



まず、私の夕陽って名前ですが、これは雅号(ガゴウ)といって書道で使う


ペンネームのようなものです。


書道をやるからには雅号を絶対つけなければいけないというわけでもなく、


雅号を持たずに本名でやってらっしゃる方もいます。


たいていの場合は師匠からある程度実力を認められて


そろそろ雅号をつけてやろうといったかんじでいただくものです。


でも、私はまだ一人前になるずっと前、高校1年生くらいの時に


前の塾の先生につけていただきました。


それはなぜかと申しますと、


作品展に出すような正式な作品を作るときに落款(ラッカン)といって


作品中に自分の名前をサインをします。


その落款ですが、書道の慣習として


名前は二文字が良いとされているのです。


単純にバランス的な問題だと思います。


でも、私の本名は漢字一文字なのでバランスが悪いと


以前の先生がひどく気にされて、ある日突然つけてくださったのです。


最初は全然しっくりこなかったんですが、今では本名同様に


書道においては自分を表す記号と思って使っております。


そして読み方ですが、夕陽(ゆうひ)と書いて、セキヨウと読みます。


いつも皆に読み方を聞かれます。


この前なんて表彰式でいただいた賞状を見たら、


鉛筆で大きな字で読み仮名をふられてました(笑)



次に落款。


先日、友達から、作品の端っこに書いてあるのは「夕陽かも」って


書いてあるの?と聞かれました。


最初何を言っているのか理解できなく、そんな夕陽が書いたのかも…?


みたいな疑問形の落款を書くわけがないじゃん!


何言ってんの?!と思いました。


しかし、彼女は落款の意味を知らなかったため「夕陽かく」を読み間違えて


私に質問してきたのでした。


その「かく」ですが、漢字で書くと「書」で、私なりの噛み砕いた説明を


させていただくと、英語で言うところの"by"のようなものです。


厳密に言ったらちょっと違うかもしれません。


(専門家の方から見たら怒られちゃうかも…)


そして、創作作品(古典を真似ることなく自分で書体を創作したもの)


の時には「書」、臨書(古典作品を真似て書いたもの)の時には「臨」と


名前(雅号)の後ろにつけるのです。


ちょとわかりにくいかもしれないので、下に例を挙げておきます。


落款

 創作時に使用→「夕陽書」

 ①漢字楷書

 ②漢字行書

 ③漢字草書 

 ④現代詩文書


 臨書時に使用→「夕陽臨」

 ⑤漢字楷書

 ⑥漢字行書

 ⑦漢字草書


といった具合で落款を使い分けています。


これでちょっとはわかっていただけたでしょうか?

こんばんは。


どうにもPCが動かなくなり、やっと新しいの買いました。


スムーズにPCが動くと使いやすい!



ところで最近のこたぴんは悪ガキ度がUPしていて困っています!


夏の終わり頃から体中をかきまくっていたので、


動物病院で診てもらったところ、


食物アレルギーと思われるため、食事制限をするように言われました。


今まで皆からかなりいろんなものをもらっていたらしく、お腹が空くようで、


盗み食いが激しくなりました。


この前もスポンジケーキ2個と牛乳をいただいちゃってました。


私が気づいたときには、ケーキの包み紙2枚が落ちている隣で


口の周りを真っ白にしたこたぴんがいました(ノ_-。)


その次の日にはえび天をいただいちゃってました。



先週の日曜日はショッピングセンターの広い駐車場で大脱走!


幸いそこにいた方たちが良い方ばかりで、車に乗っている方は


こたぴんが避けるまで待っていてくださったり、


近くを歩いているおじいちゃん、お兄ちゃん、奥さんetcは


「こた~~!!」と追いかけている私と一緒になって


追いかけてくださったりしました。


ただ、こたぴんには人間の常識が通じないらしく、


追いかけられればられる程、喜んで逃げていくのです。


どうやら追いかけっこしていると思っていたようです(´д`lll)


そして、車の前にはわざと出て行くのです。


野良犬だって車は危ないと認識しているのに、


こたぴんは車の中の人間に遊んでもらいたいらしく、


車の前でしっぽを振っているのです。


重度のおバカです(ノ_-。)

最終的には皆さんのお陰でケガ一つなく無事に捕獲できました。


捕まったときにはめちゃめちゃ叱ってやりましたが、


できの悪い子程かわいいのです。


結局は許しちゃうんですよね(^^ゞ




起立 起立!!

疲れた 疲れた…(´Д`。)

一ヶ月前の友達の結婚式の受付に飾られた作品はたいした反響がなかった。

書道にあまり興味がない方たちが多かったのもあるかもしれないが、それ以上に自分の実力がないからだとわかり、ショックを受けた。

そもそも私が書道を始めたきっかけは自分にしか出来ないことをしたい、そして自分がこの世に存在する価値があるか知りたいというか、存在価値のある人間になりたいという気持ちから。

それから二年が経ち、作品展に入選し、段級も準師範になり、徐々に自分の作品が認められ始めて、当初の目標が叶えられつつあることで調子にのっていたのかもしれない。

今、私に必要なのは文字の形や線質以上にいかに雑念をなくし、作品に集中するか、どれだけ感情を込められるかなのだ。

最近、先生によく注意されることは「考え事をしながら書いてたな」とか「心配事がある時に書いただろう」である。

私は気分のムラが激しいから、全て書に表れてしまうのだ。

書家としても人間としても未熟者なのである。

いつになったら、常に雑念を捨てて平常心を保って作品を作ることが出来るようになるのだろう?

それが出来るようになるまでは人に感動与えられる作品は出来ないと思う。

この新たな目標の到達点は、今の私にとって、とてつもなく遠い所に感じられる。


今日も雑念が入ると思い、練習をやめたのだ…。