かけがえのない存在
それは2か月前の出来事
新型コロナのワクチン
裏の情報を知っている私は、
自分では接種することはない!!
できれば、妻にも打って欲しくなかった。
でも、身近にいる人は100%接種しており、
健康被害もほぼゼロの状況下、
仕事の都合で、打ちたいという妻に対して、
説得材料もなく、
妻の1回目の接種を受け入れた。
私たち夫婦の就寝は、並んで寝ているが、
妻の2回目の接種日が近づく頃、
ひどい寝汗と倦怠感に見舞われた。
”もしかしたら妻の体から出るスパイクタンパクが原因なのではないか”
と感じてしまった。
その当時、ワクチン接種者からスパイクタンパクが出て、それを吸い込む非接種者に健康被害が出ることを知っていたので、その可能性が高いと感じた私は、
妻にこう告げた。
”最近、体の調子が非常に悪い、
もしかしたらおまえの体からスパイクタンパクが
出ているせいかもしれない。
できれば2回目のワクチンを打たないで欲しい” と、
その言葉を聞いた妻は、とまどい、その時から、口を利かなくなった。
本当は、妻の体が心配で、ワクチンを打って欲しくなかったのだけど、
私の体の不調を、その理由にしてしまったことに、とても後悔の念が出た。
”なぜ、あんなことを言ってしまったのか、自分の体の不調ではなく、妻の体が本当に心配だから、打たないでほしいと、なぜ、正直に言えなかったのか” と、
その日、会社から自宅に戻り、しばらくしてから、妻も仕事から帰ってきた。
一切口は利かない。
夕食だけは作ってくれて、食べた後は、妻はいつも寝ている部屋の隣の部屋に早々に閉じこもって、寝てしまった。
翌朝、妻を抱き寄せながらこう言った。
”ごめん、ほんとうにごめん。悪かった” と、
でも妻は、自分のせいで夫の体調がおかしくなるのなら、一緒に住めないと。
しばらくの間、実家に戻りますと。
そう言われた私は、
”こんなことが原因で、もしかすると離婚することになるのか?
どうして、こんなことになるのか、
不用意な言葉が
深い深い絆を感じていた夫婦関係を、
一瞬にして終わりにしてしまうのか、
本当に人間関係とは、もろく、壊れやすい
ガラスのようなものだ” と、
そう感じてしまった。
毎朝、かかさず行っているウォーキングにその日の朝も出かけた。
その最中に、いろんな言葉が湧き上がってくる。
”離婚することになっても、受け入れよう。
自由な時間が増えて、好きなことができる。
でも、二人で可愛がっているレオの面倒を
どうするか?
(レオは3年前から飼っている保護猫のこと)
妻がいなくなったら、どんな心境になるのかな?”
その日、妻とのことが心から離れない、
職場の昼休みの時、じっくり自分の心に聞いてみた。
妻がいない日々を考えると、その虚しさに、涙が溢れてくる。
そして、心がこう叫ぶ
”妻がいない人生など、あり得ない!!
スパイクタンパクだろがなんだろうが、
すべて私が吸い込んで引き受け、受け入れる、
妻のためなら、すべての悲しみや苦しみを
一身に受けよう!!
すべての闇を引き受けて、光に変えて見せる!!"と、
そう決心した。
こんなにも妻の存在がかけがえのないものだったのか。
強烈に身にしみて感じた。
仕事を終え、自宅に戻る。
”もしかしたら妻はもう実家に戻り、テーブルに置手紙があるのかな” と、 思いながら、
自宅に戻ってみると、
食卓の上には置手紙はない。
ただ、妻のスマホが置いてある。
”忘れていったのかな”
そう思って、画面を見る。
「このiPoneは使用できません」 と、表示されている。
パスワードを何度も間違えたのかなと思って、
そのままに、
そこに、妻が帰ってきた。
スマホのことを聞いてみると。
一切口を利かなかった妻が、いつものように
普通にしゃべってくる。
まるで、何事もなかったかのように。
”このiPhone、おかしい。
何度やっても、時間をおいても、
「このiPoneは使用できません」となる。"
妻のスマホは、全部、私が設定をしている。
ネットで調べてみると、致命的な状況らしい。
バックアップもとっていなかったので、
データが飛んでしまったかもしれないと、
諦めていたところ、数時間して、
iPhone が反応してくれた。
不思議なことに、なぜか復活した妻のiPhoneの
バックアップを取り、後日、新機種に変えることができた。
でも、そのことは関係ない。
なぜ、一時的にiPhoneが壊れ、そのことがきっかけで、妻との会話が普通にもどり、また壊れたはずのiPhoneが復活したのか。
その時、妻のことを本当にかけがえのない存在だと心の底から思えたことで、何か目に見えない力が働いたのだと、
はっきり感じることができた。
すべて心が決める。
思ったことが現実になる。
この世界は心を映す鏡なのだと、
痛切に感じた。
いま、世界は新型コロナウイルスが蔓延し、
世の中が壊れていくように
感じている人も多いと思う。
でも、私は、こう思う。
今回の新型コロナウイルスは、
新しい世界を創るために、
天が働いているのだと。
世界の浄化のために現れて、
光り輝く未来を創るために
必然として、その役割を果たしているのだと、
現に、私たち夫婦は、いったん壊れかけ、更に強く強く今までにも増して、絆が深くなった。
こんなにも、パートナーが愛おしく、かけがえのない存在だったことを思い出させてくれた。
その妻は、18年前に白血病になっている。
慢性白血病の急性転化。
ハイブリッド型白血病。
フィラデルフィア染色体の発現。
治る可能性のとても低い状態でした。
私は、ありとあらゆることをしました。
毎日かかさず病室に行き、笑顔を見せる。
小学生二人、中学生一人の子供たちの世話をしながら、会社勤めもしながら、いつ妻の命が終わりを迎えるのかわからないまま。
ただ、がむしゃらに生きていました。
そんな中、必ず毎日やっていたことがあります。
それは 「祈り」 。
何に向けて祈っていたのか、説明もできません。
”私の命と引き換えに、妻の命を助けてください!!” と、
繰り返し、繰り返し、ただ一心に。
祈りが天に通じたのか、あり得ない3つの奇跡が重なって。
妻は、死の淵から戻ってきました。
今では、本当に元気にしています。
それでも、人生は何があるか分からない。
強く強く結びついていると思っていた、パートナーシップも
今回のような、コロナウイルスワクチンにまつわる何気ない一言で。
一瞬にして、壊れてしまう可能性も。
人生って、面白い。
良くなったり、悪くなったり。
有頂天になったり、絶望したり。
まるでジェットコースターのよう!
でも、スパイラルを描きながら、光に向かって進んでいるようにも思える。
そう、”すべての人はみんな、唯一無二の人生を通して、光に向かっている” と、
先日、名古屋のとあるセミナーから富山に戻ってきて、自宅に向かうバスを待って、バス停のベンチに座っていると、
一人の男性が隣に座ってきた。
薄汚れたジャンパーに、汚れた長くつを履いて、腰を曲げて前かがみに
ぼんやり前を見て座っている。
”この人の人生は、どんな人生だったのだろうか?”
苦労して、苦労して、明日をも知れぬ今を生きているのか?
それとも、見た目に反して、幸福感に包まれて、今を生きているのか?
それは、分からない。
それは、どちらでもよい。
どんな人生であったとしても、その無限の可能性のひとつを、唯一無二の
この人だけの人生を歩んでくださっていることに、
あまりにもそのありがたさに、その尊厳に、畏敬の念を感じて、涙が止まらない。とめどもなく溢れてくる。
”ほんとうにありがとうございます” と、
そう、私たちは、無限の可能性のひとつを、絶対にまねのできない唯一の人生を歩んでいる。
そこに成功や失敗などもなく。そこに尊卑の差などもなく。価値の高低もない。
そんな気付きをいただけていることに、
広大な砂漠の中の一粒の砂を見つけるくらいの確率で、この時代の、この地球に、人間として生まれ、こんなにも美しい人生を歩まさせていただいていることに、
”ただただ、ありがとうございます!!”
そして、この文章を読んでくださっている、すべての人に
”共に生きてくださって、ほんとうにありがとうございます”
千年紀ビジョン
2018年7月31日に出版された本
「メシアメジャーが語った 知って備えるべき未来Ⅲ」
下巻 ≪千年紀ビジョン編≫ は
著者の小川雅弘氏(土佐経済同友会 代表幹事、アースキーパークリスタル協会会長)が声を掛け、
千年後の未来のビジョンを仲間で持ち寄り、一冊の本として世に出したものです。
153人の仲間が555文字の数霊に乗せ、「未来の記憶」の言霊として出版されました。
仲間の中には著名な方として
飛鳥昭雄さん(サイエンス・エンターティナー)
白鳥 哲さん(地球蘇生プロジェクト代表)
光田 秀さん(日本エドガー・ケイシーセンター会長)
などがおられます。
私も、その内の一人にして頂きましたので、風の時代を迎えた今、
令和3年3月3日のこの良き日に私が書いたビジョンを改めてシェアします。
千年後の未来のビジョンですが、私には近い将来、実現できるのではないかとも感じています。
『村上 浩 千年紀ビジョン』
その時、地球人は優良星人として、多くの宇宙文明と友愛に満ちた交流をしている。
科学技術は高度に発達しており、何億光年離れていても瞬時に移動できる。移動手段の宇宙船は意識を持っており、操縦の必要は無く、テレパシーで会話できる。
地球上の生活は、働く必要は無く、お金のいらない世界が実現しており、分かち合いの精神が根づいている。
ほとんどの人は自然栽培で育てた農作物で自給自足している。
肉や魚を食べることはなく、体に良いものしか食べないので、病気はほとんどない。食べる量は大変少なく、食べない人もいる。それは、プラーナを直接体に取り込めるようになったからである。
ごく稀に怪我や病気になっても、とてもコンパクトな量子治療器で瞬時に治る。
人々の関心は、自らの霊性向上であり、日々、感謝と喜びと祈りの中で生活している。
エネルギーに満ちているので、寝る必要もない。
寝るのではなく、瞑想により高次元意識との交流を楽しんでいる。
社会構造はネットワーク構造で、すべての人はオンリーワンの存在として尊重され尊厳の中で独自の創造性を発揮する活動をしている。
地球上の水や空気、山や川、海や大地、動植物達は生命力に溢れ、美しく意識ある存在として会話することができる。
このビジョンは、瞬時に実現可能である。
すでに存在していると認めるだけで良い。
生命(いのち)の輝き
それは、今年(2018年)の6月22日から始まるストーリーである。
夜、寝床につく前に妻が言った。
”何か鳴き声が聞こえない?"
”クマかも!"
山間の自宅は、クマが出ても不思議ではない場所にある。
念のため、家の外を確認してみたが、その気配がない。
「気のせい」ということにして、その日は眠りについた。
翌日、6月23日、畑の草刈をしていると、妻がやってきて、”昨日の鳴き声の正体がわかった。ねこちゃんだった"と教えてくれた。
ちっちゃな子猫が、家の周りをあっちにいったり、こっちにきたりミャーミャー鳴いて、移動している。
たぶん、母猫を探しているのだろう。
野良猫で親にはぐれたか、捨て猫だと思われた。
その、母猫を探す姿に、どんな感情が起こったのかはわからないけれど、とてつもなく愛おしく感じて、私は、妻に涙を流しながら、こう言った。
”この子猫、家で飼ってあげよう"
でも、身を守ることに必死なその子猫は、餌を与えようとしても水を飲ませようとしても、まったく近づこうとはしない。
人間を警戒して、逃げる一方で、とても保護できる状況ではなかった。
畑仕事を続けて、夕方となり、やはり、その子猫のことが、気になる。
どこに行ったのかと探すと、家の前を流れる農業用水の淵をまっすぐ前を向いて家から離れて行く姿を見つけた。
なんとか、保護しようと近づくけれど、近づけば逃げようとして用水に落ちそうになる。
”やはり、この子猫とは縁がなかったのかな、どうか、別の家にたどり着いて、無事に生きて行ってね”
そう、思って、保護することは諦め、家に戻った。
私の家には、介護が必要な母親と私たち夫婦が住んでいる。
その日は、土曜日で母親の介護のため、姉が泊まりに来る日だった。
私たち夫婦は、姉が泊まりに来る日は、別宅で過ごすことにしている。
子猫のことは、後ろ髪を引かれる思いのまま、別宅へと向かった。
翌日の朝、自然栽培で育てる水稲の田植えをするために、早めに自宅へ戻ってみると、家の前で、姉と姉に呼ばれた弟が二人で、何かを心配そうに見ている。
私は、車から降り、二人が見ている先に、昨日の子猫が横たわっている姿を、何が起こっているのかわからない感情の中で、眺めることになった。
もうすぐ、息が途絶えようとしている。
空腹のあまり、土を食べたのか、顔が泥で汚れ、それを姉が濡れティシュで拭いている。
死ぬ間際なのか、真っ黒な泥の糞をしている。
今にも、心臓が止まりそうな状況で、このまま死を待って、土に埋めようか、それとも、駄目もとで、病院に連れて行こうか、姉と弟が相談しているところに、私が自宅へと戻ったのだった。
”私の家を選んでくれた。最後の最後に、力を振り絞って、私の家を死に場所としてたどり着いてくれた。"
そう思うと、私は、泣き崩れてしまった。
でも、一刻の猶予も無い。
"とにかく、この命を救いたい!!"
私は、駄目もとで構わない。すぐに病院に連れて行くことを選択した。
弟がネットで近くの動物病院を探してくれ、私たち兄弟三人は、一緒に今にも死にそうな子猫を、ちっちゃなダンボール箱に入れて、その病院へと車を走らせた。
弟が運転する車の後部座席で、私は、体が冷たくなり、不規則に、か細い息をして、
もういつ死んでもおかしくない子猫の体を、ずっとさすり続け、”大丈夫、大丈夫、絶対に大丈夫”と言い続けていた。
診察開始数分前に、弟が探した動物病院へたどり着き、入り口に行ってみると、張り紙がしてある。
「本日は都合により休診といたします。」
何かの行事のために、通常は開いている病院が、休診日となっていた。
”何で今日なんだ!!"
やはり、死ぬ運命なのか?
諦めに近い感情の中、”やれることは、まだある"別の病院にあたってみよう。
その時、いつも通勤途中で見ている動物病院が頭に浮かんだ。
少し、遠いけれど、そこへ連れて行ってみよう。
今から1時間後の受診開始、すぐに車を走らせ、車の中から、その病院へ電話、状況を話そうとしたが、電話は繋がらない。
受診開始30分前に病院に到着。
何台もの車が、駐車場で受診受付を待っている。
このままでは、受診はいつになるのか?
この緊急事態なのに!
入り口にはインターホーンも無い、車の中から、もう一度、電話。
長い呼び出し音の後、出てくれた。
状況を話すと、特別に先に、診てくれるとのこと。
多くの人が、待っている中、開院前に受診できた。
受診の最中、一度、息が止まった。
どんな薬剤を注射されたのか、解らないけれど、とにかく、息を吹き返し、小さな命が救われた。
先生いわく、”行き倒れの子猫”。
そういう表現をするんだなと、初めて遭遇する状況に私の人生で、また新たな1ページが加わったと感じた。
瀕死の状態だった、子猫。
なんとか、命は繋いだが、この後が大変である。
通常38度台の体温が、36度台しかない。
先生からは、とにかく暖めてあげてくださいとの指示。
三人兄弟で、家に帰る車の中、外の気温は28度近くあったのだと記憶しているが、先生の指示に、弟は暖房をつけている。
この子猫を助けるために、何故か集まった三人兄弟は、帰りの車中で、汗をだらだら流しながら、自宅へ戻った。
この後のストーリーは、いろいろあったが、別の機会に書きたいと思う。
ただ、この子猫の名前を伝えたい。
私は、この子に”レオ”と名づけた。
それは、最初に出会ったあの日、農業用水の淵を、まっすぐ前を向いて歩いている後姿が、子供のときに見ていた手塚治虫さんの漫画ジャングル大帝の主人公レオの姿に重なったからである。
【 我が家の家族となったときのレオ 】
この名前を付けた後、面白いことが起こった。
私が参加している FaceBookの非公開グループに「ポジティブ鉄道 地球行き」がある。
このグループは、バシャールと、それ以外の存在にも焦点を当てて、様々な観点から精神世界への理解を深めてゆくことを目的にしている。
この中で、過去地球に生きた非物質界の人物にインタビューするという企画があり、その時のインタビュー対象がなんと、手塚治虫さんでした。
何という、共時性でしょうか!
私は、思わず次のような質問を投げてみました。
”手塚治虫さんは、大好きな漫画家の一人です。
「ジャングル大帝レオ」が誕生したきっかけはどのようなものだったのでしょうか?
また、そのなかで、最も伝えたかったことは、何でしょうか?
宜しく、お願い致します。”
この質問を投げたのが、私の家に来てくれた「レオ」が私の家族となった二日後の
6月26日のことです。
その後、肉体を卒業し、非物質界の存在としての手塚治虫さんに対するインタビューの内容が報告されました。
非公開グループ内の記事ですので、詳しいことは書けませんが、手塚治虫さんは「ジャングル大帝レオ」を通して、
「一般的概念や平均的概念に終止符を打ち、箱の外へと立ち上がる勇気と決意を
新しい観点で捉えています。自分の信念に沿って、軸に沿って勇気を持って立ち上がれ!」
というメッセージを伝えたかったとのことです。
今地球は、文明の大転換期を迎えています。
魚座時代から水瓶座時代へ移行したとも言われており、
人類の意識も大きく変わっていく過渡期にあると思います。
地球を美しく、愛に満ちた星にするのは、
私たち、ひとりひとりの意識。
そのために、内なる軸にフォーカスして、本当の自分を生きる大切さを
新しい家族「レオ」が教えに来てくれたのかもしれません。
【 新たな命として蘇ってから3ヶ月後のレオ 】
このストーリーを締めくくるように、ある日の夕方、大空にメッセージが現れました。
手塚治虫さんの超大作「火の鳥」
永遠の生命(いのち)を表現しているようです。
【 大空に現れた火の鳥 】





