こんばんは。
にゃおの夫ちゃんです![]()
まずはお知らせなのですが、このブログのコメント欄を開放することにしました![]()
にゃおとの思い出や、私の記事への感想など、気軽にコメントして頂けると嬉しいです。
にゃおが最後に書いた記事(天界より感謝の気持ちを込めて)のコメント欄も開放しております。
まもなく17回目の月命日を迎えますが、にゃおへの追悼コメントなどありましたら、よろしくお願いいたします。
にゃおもきっと喜ぶと思います![]()
当時は私も心の余裕が無く、コメント欄で追悼のメッセージを受け付けることが出来ずに、申し訳ありませんでした。
さて、先日「ほどなく、お別れです」という映画を観てきました。
主人公である2人の葬祭プランナーが、故人と家族に真摯に向き合い、最高の“区切りの儀式”を目指す物語です。

様々な家庭の死別が短編ストーリとして描かれていて、文字通り「涙が乾く暇がない」作品でした。
にゃおと私に重なる部分も多々あり、改めて悲しみが蘇ってきましたが、沢山泣いて浄化された気分になりました![]()
大切な人との死別は誰もが避けて通れないことですよね。
他の観客の方も、ご自分の経験と重ねているのか、上映中は終始すすり泣きの声が聞こえていました。
「ほどなく、お別れです」という言葉は、主役の葬祭プランナー(目黒蓮)が、出棺の際に遺族にかける言葉です。
実は、この言葉にはもう一つの意味があります。
※ここからは映画のネタバレが含まれますので、これから映画を観る方はご注意下さい!
「ほどなく、お別れです」のもう一つの意味とは、「あの世でまた会うまでの“ほどなく”の間のお別れ」ということです。
つまり、故人とは「少しの間のお別れ」をするだけで、あの世ではまた必ず会えるということですね。
にゃおが私に残してくれたメッセージの中にも、「必ずまた会えるからね」という言葉がありました。
この言葉は、私が生きていく大きな支えになっています![]()
まさか、この映画で同じメッセージを受け取ることになるとは、思ってもみませんでした。
にゃおから改めて、映画を通してメッセージをもらった気がして、涙が止まりませんでした。
そして、映画が私の思いも肯定してくれた気がして、心強く感じました。
大切な人との死別から立ち直るには、「大切な人はもういない、会えない」ことを受け入れて、区切りをつけて生きていくというやり方もあると思います。
大切な人を忘れるとまでは行かなくても、その人をいつまでも思い続けず、良い意味であきらめをつける、という感じでしょうか。
そういう考え方、生き方の方が、吹っ切れた感じ、前向きな感じもしますし、周囲の方も安心してくれるでしょう。
実際、私もそういう趣旨の言葉をかけられたこともありますし、私の親も内心そうして欲しいのではないかと思います。
私はにゃおのこと、にゃおとの思い出を沢山語りたいのですが、話をすると家族に心配をかけている気がして、少し罪悪感もあるのです![]()
(このブログでは、心置きなくにゃおのことを語れるので、心のオアシスのようになっています
)
ただ、私にとって、にゃおはこれまでも、今も、これから先も、一番大切な人であることに変わりありません![]()
にゃおのことを大切に思い続けながら、あの世で再会できることを心待ちにしながら、残された人生を、出来る限り楽しく、一生懸命生きていきたいと思っています![]()
例え、亡くなった人にいつまでも執着しているように見えても、それはそれで構いません。
ある方のグリーフケアのブログ記事に、
・亡くなった大切な人のことは、忘れなくていい
・大切な人の話は語り続けて良い、我慢しなくて良い、罪悪感を持たなくて良い
と書いてあり、私は大いに共感し、勇気づけられました。
死生観、死別からの立ち直り方、その後の人生の生き方、本当に人それぞれで、そこに正解・間違いは無いと思います。
「何を信じているか(信じたいか)」が全てだと思うので、私は私の信じるところに従って生きていきたいです。
今回も最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
よろしければ、「コメント」「いいね!」などもらえると嬉しいです![]()
