今や介護に関する施設は、巨大産業。
また、高齢化に対しある程度、需要に(偏った言い方かもしれませんが)目をつけるのが、資本力のある民間企業。

そのトップは医療畑等でない人間も多々。
必ず、専門性をそこに必要とはしない。

サービス精神やホスピタリティのある企業
であり、現場を知ってる人間なら理想的だな桃源郷だ。


しかし、老いを看る本質を知らないまま、
次から次へと事業拡大をとげ、現場の声が聞けていない実態が、多くある。

利用者をどんどん増やし、急変対応のため
普段のケアは気薄になり、下手したら一日中デイケアに利用者を集めて、見守るだけ。ビデオを流し、時間のお茶、味気のない袋菓子の提供。そんな、わびしい施設は実際にある。


スタッフ教育のなさ、マンパワー不足。低賃金。休みが程遠いデタラメシフト。介護職に賞与なしはざら。
介護職に自殺者が多いのも、当然。

ある、スタッフがこう言った。
「子供なら、成長する姿に希望がもてる。けれど、老年は、朽ちていくのを見続ける精神的な虚しさがある」懸命に、その人は利用者と向き合い、奉仕されてある。
そんなスタッフでさえ、虚しさと言った。
正直な意見、本質をえぐり出した、と思った。

綺麗ごとじゃすまない、介護という世界。健康増進や慈愛の場と排泄介助が隣合わせ。


どうか、もっともっと老いを今後の社会全体のテーマとして、大切に扱って欲しい。

介護点数で人を測るのも、医療なのか介護なのかで、保険点数のせめぎあいも、人間の尊厳から、離れた所で行われている。


介護保険導入そもそも、システムとして妥当性があるのだろうか?

また、薬の廃棄も多々。飲み過ぎも多々。
投薬が、生きる術だろうか?


生きる力の方向性、立ち止まって考えたくなった今日このごろ‥。