私は本を読むのが好きです。
高校生の時に出会った
突き刺さるようなワードが好きです。
邦楽はどうしても先に歌詞が入ってきます。
最近は
ヨルシカというアーティストの
〝負け犬にアンコールはいらない〟
を聴いてニヤっとしました。
とても可愛くてシニカルで♡
だから負け犬って表現なんだろうけど。
とてもレンアイのウタには聴こえないこの歌。
ひとつの事に向き合ってきた人の
いろんな思いを感じるには
じゅうぶんな歌詞ですよ。
〝負け続けても笑った
君が白痴みたいじゃないか〟
そんな事を言ってますが
今聴いているのはQueenです。
どうぞ御察しください♡
自分を生きる人って
なんでこんなにも美しいんだろう...とか
そういう言葉に収められずに
感情を持て余しております。
ソワソワ...ふわふわ...どうしよう...と
冷静に過ごしているところです。
何かに心を突き動かされる時。
私の価値基準は
〝美しいかそうでないか〟
極端だけど、そうなのです。
極端なワケでもないけど、そうなのです。
カタチの事ではないですよ。
目や耳で捉えられない部分にこそ
美しさという価値はあると思っています。
つまり、カタチの事ですよ。
ふふふ。
太宰治の人間失格。
私にとっては
本を読むキッカケになった一冊です。
始終、恐ろしいほどの静寂で...
衝撃的でした。
「自虐的かつ道化的精神と絶妙の語りで人間の
偽善を告発する作品を次々と発表した。」
と、どこかに書いてありました。
芸術とは恐ろしいものです。
村上龍の壮大なる社会批判も
芸術になっています。
批判しているモノに受け入れられた事で
何かを証明してしまった狂人ですね。
(ニヤニヤしちゃった狂人、の方が正しい)
TVの〝カンブリア宮殿〟
でのコメントもキレッキレです、りゅーさん!
梶井基次郎の檸檬は美しい破壊ですよね。
イメージしてニヤニヤしている変態の話。
褒め言葉ですよ♡
私も壊すイメージは好きですが
檸檬の破壊の意とは少し違います。
破壊は癒しだと感じる部分は
少し似てるのかもしれませんけど。
夏目漱石のこころは
授業に使われるような有名な作品ですね。
個人の話でもあり
時代の移り変わりの中で生きるひとの
こころの話でもあり...
何やら複雑で明晰な話です。
日本文学も様々です。
そして、時代は変わりました。
でも変わらないものもあります。
伝説級のアーティストは皆
圧倒的な狂気で主人公を描きながら
誰よりも現実の中にいるんだな...
と思うのです。
研ぎ澄まされていく時間と
その空気の中で
狂気と常識を両手に抱えてペンを握る。
だからこそ病に(孤独や憂鬱や痛み...)
とどまる事も選べてしまう。
それが自分だから、という
シンプルな理由で。
選択肢はたくさんあるように見えて
いつもひとつ、ですよね。
それを不幸だと言う人がいたとしても
まっすぐで明確で幸福だと思うのです。
紙の上にも、音の上にも
誰も生きてはいませんから。
だから、芸術は〝芸術〟として
私たちのすぐ側にあるのではないでしょうか。
芸術だけの話ではなく
そうやって魂を具現化できるスキルって
ほんとうにすごいと思います。
今の時代では
その全てが社会的に評価される事って
難しいかもしれないけど。
でも本物は確実に誰かの心に響いています。
そしてまた、具現化されたものから
何かを深く感じ取れる人は
何をしていも輝いてしまうものです。
先日、中国の方と話していて
なぜか人間失格の話で盛り上がりました。
「日本の方が書いたんですよね?
私が好きな本です♡」
って、お上品に言われてましたけど
好きな本です♡みたいな内容じゃない...
でも
どうりで私はあなたが好きなワケですね。
とは思いました。
多くを語らなくてもそういうものって
人としてのオーラに溢れ出てしまいます。
目は口ほどに物を言うって
ほんとうですよね。
と、なると
私はいったいどんなオーラを放って
生きているのかなぁ。
自分の事がいちばんわからないって言うけど
周りを見れば分かる自分の事って
たくさんあるような気もしますし。
何より私は
今をとても愛しく思っています。
そう思わせてくれた周りの人たちの為に
私は先に進み続けるんだーーー!!
みたいなゴォォォっとした熱は残念ながら
全くこれっぽっちもございません。
ただ、堪んない!って時間を
思いっきり楽しんでいたい。
そうやって私の魂が具現化されたものは
どういう形でどう伝わるんだろう…
そういう波紋をお腹いっぱい
感じてみたいなぁ。
そんな事を考えさせてくれた
全ての芸術に感謝しています。
やっぱあの映画、もっかい見よ...
そう決めてるけど、そうしよ...
〝堪んないね!
5! 4! 3! 2! HOWL!〟
