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cosmicwaveからのメッセージ

*cosmicwave*コズミックウェイブ*
大宇宙のpowerを体感出来る癒し処。
渡邊三七子。

Cosmicwaveにて、大宇宙にちりばめられた
貴方への助言がたくさんあります。是非お受け取り下さい。

cosicwaveの道場に、かれこれ6年位
カウンセリングとヒーリングとアチューンメントで
定期的に健康精神診断でいらっしゃってる
クライアントさんから感想を頂きました。

沢山書いて下さいました。
ありがとうございます。

S区 Sさん 30代女性 

☆レイキヒーリングを定期的に受けてみて
 
初めてレイキヒーリングを受けた時、多分4~5年前、
紫色や濃い青色の光が降ってくるような感じを受けました。
ヒーリングを受ける前と後での、変化を感じられるほど敏感ではなく、
“気持ちよかった~”とか、一生懸命受け取らなきゃー”
といった気持ちのほうが強かったです。
 
それから4~5年たった後、
1~2週間に1度くらいのペースで5~6回ほど受けました。
一番最初に受けた時と比べ、印象的だったのは、ヒーリング中の温かさです。
”ミゾオチと臍の下辺りに手を当てて下さい。”
と、言われた場所と手がものすごく温かいこと、
末端冷え性の自分の体が、こんなにも温かくなるのかとびっくりしました。

また、”頭からレイキが流れ足の裏から不要なものが出ていきます。”
と言われ、そんなイメージをしていると、
膝から下、特に足の裏の血液が流れる感覚、
微弱な電流が流れてるようなびりびりとした感覚や、
眉間の辺りが痒くなるような感覚も感じられました。

更に、レイキヒーリング後、cosmicwaveのパワーストーンを購入する際、
ラピスラズリを着けた場所が熱く感じることにも驚きました。
 
レイキヒーリング中は回数を重ねていくにつれ、
自分が目を開けているのかと思ってしまうくらい白っぽいような、
金色のような、真冬の雪に反射する日差しのような眩しい光や、
オーロラを見ているかのような光のカーテンを見るようになりました。

 
私は趣味でバンド活動をしているんですが。。。
メンバー間でちょっとしたいざこざが起きた時のことです。

“趣味の範囲だし、適当な感じでいいかな~”
なんて、いつもならスルーしてしまうんですが、
レイキヒーリングを受ける際の説明で、

「ヒーリング中だけではなく、その後の自分自身の行動や言動の変化にも気配りしてみて下さい。」

っとの言葉を思い出し、思い切ってメンバーに胸の内を話してみました。

感情的になりやすい私ですが、意外にも冷静に意見を言うことができました。
言ってる内容は決して易しい言葉ではなかったので、
大喧嘩になってしまうかな?とも思ったんですが、
相手もすんなり理解してくれました。
 
また、自分自身を内観するする事。
どういう年の重ね方をしていきたいのかな?と自問自答する機会が増えました。
ちゃんと周りの人に感謝し、その気持ちを伝えることができているんだろうか…
自分は何が好きで、どうしたいんだろう…などと考えていると
結構、偏った拘りも強く(笑)肩ひじ張って生きてるんだな…
力まずに素直になれば“ありがとう”も、もっとたくさん感じて伝えられるのに…
という自分の中の自分の声が聞こえました。

実はここ数ヶ月間、ちょっとしたことがきっかけで、
実家の母親と口をきいていませんでした。
多分、私は母親を、母親は私を悪いと思っていたようで
どちらからとも連絡をせず、いつも主人経由での連絡になっていました。

それが、この定期レイキヒーリングを終え1~2ヶ月してくると
犯人探しをするような、誰かを責めるとかではなくて、
起こっている事象そのものを赦そうと思えて、
自分のほうから母親に連絡をし
思いを伝え、和解することができました。
自分の拘っていたものが凄く小さいこと、事の原因を外に探し
自分を見ることから逃げていたことに気づき、すごく恥ずかしくなりました。
 
言葉では上手く説明はできませんが、
“気づきに気づく”に触れた感じがしました。
 
レイキヒーリ ングを受けた時の気持ち良さや、心の持ち方の変化や、
“素直に生きる”ために自分と向き合うこと、
また、自分を思ってくれる人、周りに居てくれる人を大切にしたい
=自分を大切に生きる、ということに気づかせてもらえたことに
ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。
 
これから、レイキのアチューメントを受け、
固執している部分を自分自身を癒し、膿をだし、
自分の傷口に自分で絆創膏を貼って
いつでも気づきに気づき、軌道修正していける私になりたいと思います。
 
本当にありがとうございます。これからもどうぞ宜しくお願い致します。


☆彡
☆彡

東京オリンピック
バブル全盛期
昭和の時代を発信し続けた東京タワー。

物心ついた頃、
高度成長の昭和の後半戦、
東京を誇る立派なタワーでした。

いつでも厳つくて、ピリピリしてて、
これでもかって位、ふんぞり返って
いつでもギラギラしてたから、
私は迷子にならなかったあの頃。

昭和天皇崩御以外は、
東京を絶え間なく輝かせてくれてました。

そんなこんなも今は昔、
世代交代。
最近、言わずと知れたあのツリーが
ちょっとあちら側に建設されました。

ピリピリした力はあちらが引き継いで
東京タワーは隠居生活に入ったお爺になりました。

お天気の良い日は、ちょっと遠回りでも
三田一丁目の交差点~赤羽橋南を通過。

晴れの日のお爺は、ニコニコして癒してくれます。
疲れも吹っ飛び、笑顔に導いてくれます。

今は誰にでも優しいお爺。
丸くなりました。

条件が揃う良き日に、
お爺に癒されに訪れてみて。

いつもありがとう。お爺。

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☆彡
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七草粥を頂いて
今年一年風邪を引かず
健康に過ごしましょう。

画像は七草粥玄米粥

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昆布出汁
七草
粗塩
玄米
で作りました。

無病息災!
ありがとうございます。