6月10日の夜のメモ 

中学2年の娘が

おもむろに指摘してきた。

 

「母ちゃんがね

 長々喋ってる人の

 話しを切れないのは

 無意識だから!!


 キンチョーしてるから、自分が

 今何をしてるかわかってない」

 

ほう〜〜なるほど

唐突だけど真理な気がする👀❗️

 

「つまり

 我ここに在らず!!やん」

 

ほんまやなー

イマココだけに居たいのに😅

 

私の身体が過緊張体質なのを

私よりも客観的に

よく理解してるなぁとよく思う。

 

昔よりはずっと改善されてるけれど

相手が望んでわけでもないのに

話しを長引かせてしまうこともある。

 

自分が終わりたい時に

なかなか切り出せない(u_u)

 

挨拶はしたいけど

立ち話しはしたくないな、とか

 

声は聞きたいけど

3分で満足な電話とか

 

人恋しく感じることがあっても

面倒臭いかも〜と絡まない選択を

しがちな理由はここにある

 

逆に

話しを聞いてほしいなぁと感じる時、

ラインやちょっとした電話も

自分がこんな感じだから

相手に負担じゃないか?と割と何度も

ウロウロしてから

やっとすることも多い笑


だから逆にセッションは

お互いに自分を出し合うことに

コミットしてるから良かったりする⭐️

 

とはいえ、いつでも

自分のペース、

自分の呼吸を観察して

話し始めと同じ自然さで

立ち去れるようになったら、

いつも爽快なコミュニケーション💕

 

緊急事態🚑や非常時は迷いなく

めっちゃ切り込んでいくし

立ち去っていける。

だってそれは必要か?不必要か?で

判断すればいいだけだから。

 

だけど

そんな物差しの必要ない

平和な日常こそ

なかなか色々自分が問われるなぁ🍀

 

生い立ちから

身体が過緊張になってる人は

自分が何かを選んだり判断するときに

「生きるか死ぬか」を普通に

持ち出してしまう。それこそ無意識に。

緊張感でしかない判断🤣

 

「死ぬわけじゃないし」

って無理をする。


「大したことない」

って我慢をする。


その無理や我慢は歳と共に

強く無意識化していき

気づいて自覚するのにも、

起動修正するのも難し〜〜くなる。

 

人生に違和感を感じるのに

どこから何をすればいいのか

皆目検討もつかない・・

 

そんな時は、こういう

「少しも自分に優しくない物差し」を

使って日々を過ごしてるかもしれない

 

リラックスなんて

上等を目指さなくても

疲れや緊張に気づいていくと

現在の、

今の自分のあるがままを知れて

自己受容は起きてくる💓

 

やっぱり「イマココ」を

観る、知る、感じる、に尽きるね!!