こんにちは
Maruです。
変化の波の最中、続いていますね。
これまで自分はいつもこう反応してきて、
それを繰り返すこともできるのだけれど、
違う選択を毎瞬あらためて選んでいくこともできる。
そんな気づきの訪れも波のように起きています。
たとえば
自分を否定してくるように感じる
人や物事や出来事が起きて辛いとしたら
自分を否定してくるように感じる
人や物事や出来事
それに反応している自分自身も
まるごとまるっと
イメージの中で
1つの丸い容器にいれてしまって
それを上から眺めます。
これを
自分の宇宙のなかでただ起こっている。
私はそれを優しく見守っている
という
母親的目線にたって
観ていると
こちら(否定してくる方)の言い分も分かる
自分の感じている気持ちや
その気持ちになる仕組みも見えてくる
見えにくいなら容器のなかの自分や相手に質問してみてもいいでしょう。
なんで怒ってるの?とか
どんな気持ち?とか
どうしたい?など。
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相手や(出来事は)
意外と否定しているのではなく
現状を淡々と述べているだけだったり、
あるいは
自分を観たくなくて相手を否定することでごまかしていたり
様々なパターンがあるでしょう。
自分も持っている傷からくる過剰反応だったり、
実際攻撃されたことによる
まっとうな反応だったり
様々です。
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その上で
じゃあどうする?どうしたい?どう在りたい?
それを感じていきます。
現状をたんたんと述べているのなら
それを聞いてみたら、できることとできないことがわかってくる。
ただ攻撃されているのなら、逃げるもよし、指摘するもよし、他の方法でもよし。
(理不尽な攻撃でそれを受ける必要はないと自分で分かった時点で
解消に向かうことも多いですが)
こんな感じで
起きてきた出来事や人間関係のなかでの
自分という立ち位置にたっていると
体感や感情に振り回されて
「なんでこうなるんだろう」
「なんでこんなことをするんだろう」
で停まってしまい、
見えにくかったものが
どうしたかったのか
どうしていきたいのか
どう在りたいのか
少しずつ見えやすくなります。
そしてそこからの選択を取りやすくなる。
自分自身もまるごと
丸い容器にいれて上からながめるのがポイントです。
慣れてくると
自分のしたいこと
していきたいこと
在りたいことを
上から眺めている
母親的視点の立ち位置から
丸い容器の中の自分に下ろしていく方向も
見えてくるかもしれませんね![]()
今日はプチワークのシェアでした![]()
本日もお読みくださり、ありがとうございました![]()
