こんにちはもみじMaruです。

 

一気に寒くなってきましたね。

紅葉がきれいなところも多いのではないでしょうか。



 

今日は弱さの話。

 

最近、弱さについての話がエネルギーワークのお勉強の中であちこちで出てきています。

 

その過程で弱さって一体なにを指しているのだろう?と

?が湧いてきたので

 

こちらでちょっと考察。

 

 

 

 

 

 

 

 

まず、「弱さ」 というのは

 

弱いこと。弱いという事、またはその度合い(Weblio辞書から引用)

 

でして、

 

弱いってなにを指して弱いと言ってるのかしらと

また?が湧いた訳です。

 

 

「弱い」 とは辞書によると

 

チカラや技が劣っている。

心身が丈夫でない。

心がぐらつきやすい、意志が堅固でない。

環境や条件に屈しやすい、物事に耐える力が乏しい。

程度や度合いが小さい。

ゆるみがある。固くない、

決意が感じられない、きびしさがない。

鮮明でない、ぼんやりしている。

不得手である。

 

とずらーりと並び、いずれも対義語は「強い」 です。

 

 

 

そこで感じたのは

弱いは何かとの比較において生じるものであること。

上に並んだ「弱い」の意味は全部何かに比べての弱いという事ですよね。

 

 

 

例えば体を鍛えようと始めた運動が半年と続かない人がいて、

私続かないわ~意志が弱いえー?と思っていたとします。

 

たしかに何年も続けている人よりは意志が弱いのかもしれません。

 

ですがいつも3日坊主の人と比べれば

私に比べたらあなた、結構意志の強い人よキラキラということになります。

 

 

運動を半年以内で止めている。現在はしていない。ということを

 

他と比較して強い、弱いと言っている訳です。

 

 

 

何と比較しているのか

 

自分の世界にないものとは比較がしにくいので

主に自分の周りとしている方が多いのではないかと思います。

 

あとは自分の中にある

これまでの人生の中で作られてきた

「これくらいは普通出来るもの」という基準と比べている方も多いでしょう。

 

この基準は人によって全然違いまして、

基準が高い人ほど、弱いところは増えますし、

基準が低ければ、弱いと感じるところは少なくなります。

 

弱さと向き合う時に、

あれ、いったい私はどこと比べて弱いと思っていたんだろう?

何が弱いと判断する基準になっていたんだろう?と

 

一度見てみるのも面白いかもしれませんね。

 

きっと、自分の中に「~が出来ている人」のイメージがあるはずです。


 

ひらめき電球  ひらめき電球  ひらめき電球

 



弱さが

他と比較したことで生じたものだとすると、

 

比較しなければ

それは単なる

出来事であったり、個人の個性、一側面であることとして

捉えやすくなってきます。

 

はっきりと自分の意見が言えない。だから気が弱いと思っている場合、

 

はっきりと言えているという人のイメージが自分の中にあり、

それにくらべて言えていないから弱い。という比較があるので

比較を取ると、

 

はっきりと自分の意見が言えない。が残ります。

 

それは見方を変えれば

優しいということでもあり、

思慮深いということでもあり、

謙虚だということであるかもしれません。

 

和を大切にして、おだやかな人だということかもしれません。

 

はっきりと自分の意見が言えない。

そのことそのものはその人の一側面で、


判断する人の見方によって、

弱みでもあり、強みにもなることが

ここでも分かります。

 

 

もみじ  もみじ  もみじ

 

 

 

人が抱えている弱さには

 

大体「恥ずかしい思いをした」「それではいけないと責められた」などの

体験やそれに伴う感覚や感情がくっついています。

 

その感覚や感情が辛いものだったので、

その感覚を受け入れることが出来なかったり、見たくなかったり、

再び味わいたくなかったりして、

 

人は弱さを無かったものにしようとすることがあります。

 

 

弱さだと判断している自分の中の一側面を

 

これがあると嫌な思いをする

馬鹿にされる、恥をかく、攻撃される。。と

 

だから隠してしまおうとするのです。

 

 

本当は

弱さだと判断している自分の中の一側面が

 

過去に体験した嫌な思いを引き起こしたというのではないのです。

 

同じ側面が

時と場所と登場人物を変えれば、

まるで違った評価を受けるということは経験した方もいらっしゃるのではないかと

思います。

 

ガチャガチャとうるさい奴 というのが 明るくて楽しいわとか

 

あんまり喋んなくてつまんない というのが その渋さがたまらないわとか

 

この評価の変わりようからも

弱みとしているある一つの側面があるから嫌な体験をするわけではないことが分ります。

 

そのくっついている

「恥ずかしい思いをした」「それではいけないと責められた」などの

体験やそれに伴う感覚や感情を

 

気づきや内観ややエネルギーワークなどで

徐々に癒してしまうと、

 

弱みは

 

そのひとを豊かに彩っている

様々なその人の側面のひとつであるという

とらえ方に戻ることができ、

 

周りにばれないように隠すことのかわりに


そのままでいいし、


必要ならば

得意な人の助けを得る、受け取るとか

具体的にできることを少しずつやってみるとか

新たな方向性からの変化が起きてくるのだろうと

感じます。



長くなりましたが

弱さについてのお話でした。


最後までお読みくださり、ありがとうございますラブラブ