「世界」。
この地球のこと?
それは地球を超えて、宇宙まで?
それとも、僕がこの目で見ている実際の視界程度のもの?
例えば、どういう時に世界を感じるだろう?
僕はよく、「世界は広いなあ」って言ったりする。
この言葉は、ひとりでには出てこない。
自分が、外のものから何かを感じたとき、知らないものを知ったとき、はっとして風が吹き抜けるような感覚。
そんなときに、「世界は広いなあ」と思う。
だから僕は、「世界」は「自分と、他のものとの間にあるもの」のことだと思う。
関係性?とか、そんな感じの言葉。
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1月26日に待望の発売となり、先の3月22日には最初の大規模アップデートも行われて、今なおファンに親しまれているシリーズ最新作、
「モンスターハンター:ワールド」。
「ワールド=世界」のタイトルの通り、確かにそこには「世界」があった。
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モンスターハンターは、今では当たり前となったハンティングアクション、プレイヤーが協力して巨大な敵に立ち向かうゲームの先駆けとなるCAPCOMのゲームだ。
(モンスターハンターというゲームそのものに関しての説明はこれくらいで割愛させて頂くことにする。)
そのシリーズ最新作、そして久しぶりのプレイステーションというハードで提供される「モンスターハンター:ワールド」は、PS4の性能を存分に活かし、シリーズの中でも最高級の「世界」を描き出していた。
今までのようなエリアごとの細かい区切り・ロードは無く、全てがシームレスに繋がり、同期した、広大なマップ。
そこは、単なるテクスチャーの繋がりではなかった。
今にも倒れそうな木がある。
少し衝撃を与えてやれば落ちてきそうな岩がある。
崩れそうな崖がある。木々の間の蔦に覆われた小道がある。
水を飲んでいる小さな生き物がいる。
頭上には鳥が、足元には虫が、川には魚がいる。
地面には草が生えている。木の実や、花も。
「狩れ!この生ける大地とともに。」というコピーからも、このマップこそが「ワールド」の力が注がれているところだと見受けられるだろう。
そしてその森や砂漠、谷底や丘の上で「当たり前に闊歩する生き物として」存在しているモンスター。
クエストに行けば、討伐目標でないモンスターが、当然のようにその世界に生きている。
モンスター同士は、当然のように生態系を構成していて、当然のように争う。
もはや、「モンスターvsプレイヤー(ハンター)」という構図には収まらない。
プレイヤーとモンスターの、
モンスターとモンスターの、
プレイヤーとマップの、
モンスターとマップの、その間の関係性。
つまり、モンスターハンターというゲームの「世界」。
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ゲームの良さは「出来ないことが出来る」ことだ。
現実では難しいことを、ゲームを通して自らの体験にすることができる。
そして、プレイヤーがそういった体験を得るためには、ゲームには「妥当性」が必要だと思う。
「モンスターハンター:ワールド」は、モンスター群がどれもあの世界で実在する生物として成立するほどの生態系が構築されている。
そして、それを狩るプレイヤーも「マップ」という箱庭で巻き込んで、その世界観に圧倒的な妥当性を持たせている。
この世界では、誰でもハンターになれる。
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【今回紹介したもの】
ゲームソフト「モンスターハンター:ワールド」(CAPCOM/PlayStation4)