【四月 生命の言葉】



いにしへの 道を聞きても

唱えても わが行いに せずばかひなし

                          

                             ≪島津忠良≫

昔の貴重な道について聞き、それを口に出して唱えることができても 

  それを自分自身の行動にすることができなければ、何の甲斐もないことである。                       

  

  『島津日報公いろは歌』

≪島津忠良(しまづただよし)≫

1493年~1568年。

薩摩の戦国 大名。
忠良は、琉球を通じて対明貿易や城下町の整備、

養蚕産業の振興、家臣団の育成に励み、

後に島津家「中興の祖」と仰がれた。

忠良の教育論は島津家に代々受け継がれることになり、

その後の薩摩独特の士風と文化の基盤を築いた。

明治6年(1873)に竹田神社に祭神として祀られた。   

     

東京都神社庁『生命の言葉』より

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☆新月タイム: 4 月 3 日 (日)  23時31分 ~ 8時間(best)
                      

                    48時間以内でもOK!!(^o^)v
               
                          
    **支配分野: 【牡羊座】 の願い事が叶いやすい!

注意) 牡羊座生まれの人が対象、という意味ではありません。
    今回の新月は、牡羊座のもつエネルギーがとっても
    有効というだけなので、他の御願い事をしても全く問題は
    ありません。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

おひつじ座 牡羊座おひつじ座 』

キーワード:

新たな始まり/自分を見つめる/純粋さ・本物/
率直さ/正直であること/自分の欲求に忠実であること/
自己発見/自己主張/独立/勇気/
決断力/
悪癖を絶つ/怒り/攻撃性/他者を否定する
自信過剰/勝ち負けにこだわる

   
 ☆体の部位 : 
  髪の毛を除く頭部と顔面です。
  顔のパーツでは特に「目」を支配しています。

  視力に関するトラブル、頭と顔面に関するトラブル(頭痛・
  顔面神経痛・疲れ目・吹き出物・にきび)も牡羊座管轄です。
  牡羊座新月の時にはこれらの部位の健康増進を願ったり、
  トラブルがある場合の治癒を願うのに向いています
 
では、今回も是非TRYしてみて下さいね☆☆

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

今回も皆さんに、
カードからのメッセージをお伝えしてみたいと思います♪


『内なる声』

「内なる声」(インナー・ヴォイス) は、言葉ではなく、
ハートの無言の言語で語りかけます。

それは真理しか話さない神託に似ています。

もしそれに顔があったら、このカードの中心に描かれている顔に似ているでしょう
――油断なく、見守り、水晶をもっている二本の手に象徴されるように、
光と闇の両方を受け容れることができます。

水晶そのものは、すべての二元性を超越することから生じる明晰さを表わしています。
「内なる声」は遊びに満ちたものでもあります。

感情のなかに深く飛び込み、そして再び空へと舞い上がるために、浮かび上がって
くるからです。生の海のなかで踊っている二頭のドルフィンのように――。

内なる声は三日月の冠を通して宇宙とつながり、この人物のキモノに描かれている
青葉で表わされているように、大地ともつながっています。

生において、あまりにも多くの声が私たちをあっちへこっちへと引き回しているように
思える時があります。

そうした状況で私たちが混乱すること自体が、沈黙を探し求め
、内側で中心に据わることを思い出させてくれます。

そうして初めて、私たちは自分たちの真理を聞くことができるのです。





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今日は4月1日


エイプリルフール~~


堂々と、ウソをつける日クラッカー


小さなウソで誰かを笑わせて


明るい、楽しい、笑顔いっぱいの、


新たな始まりの一年となりますよーにニコニコ



今日は、4月1日だけど、


トレーナーさんが最後の日。


ビジネス的な事で上司と対立したそう叫び


残念だけど、最後のトレーニングをし、


その後、私のセッションを受けたいと。


先週、宿題を出していた。


その上司に対する思いを、全て心から書き出して、


手紙を書いてみて。と。


彼は、とっても素直。


宿題も素直にしてきた。


そして、セッションをすすめると、


彼と、彼の上司が、何故そうなったのか、


彼の深い土台を発見ひらめき電球


まったくその事とは関係のない、愛にまつわる事。


でも、物凄く腑に落ちた、と。


彼はセッション前、上司に不満を更にぶちまけたかったそう。


今は、自分のココだったのか・・・と。


鏡の法則を、頭ではなく理解できたと言っていた。


今頃、上司に御手紙を読み、話し合いをすると言っていた。


彼にとっても、新たな幕開けとなりますようにアップ


私も、もっと色々頑張ろう!!









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treeのブログ-0.jpg



御友達の家へ、遊びがてら交換セッションをしに神楽坂へ。


有意義な時を過ごし、帰りは早稲田駅まで歩いていたら、


雰囲気の良く、かわいらしい パン屋さん食パン を 発見目



≪ ボア・ド・ヴァンセンヌ  ≫



本物のブランジェリーという意味だそうで、


国産の小麦を使用し、安心な材料を使って作ってるそうですビックリマーク



とっても美味しかったですよ~~ラブラブラブラブ


お近くに寄られたら是非音譜



【店舗情報】

住所   :東京都新宿区早稲田町5

電話   :03-3209-1531

営業時間:8時~19時

定休日  :日曜日(不定休有)


東西線「早稲田駅」1番出口 徒歩3分



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    日本への祈りの輪




アムリタプリ(インド)



treeのブログ




日本で地震があった日から、アムリタプリでは被災者のための祈りが


毎日捧げられています。


夕方のバジャンの後に、日本地図の周りにランプを灯して輪になって座り


『ローカーハ サマスターハ スキノー バヴァントゥ


  (生きとし生けるものすべてが平安で幸福でありますように)』


というマントラ(神聖な言葉)が繰り返し唱えられています。








日本MAセンター:http://www.amma.jp/web/news/2011japan-prayer.html

*日本MAセンターに記載承認済み







☆ありがとうございます☆


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あなたを幸せにしてくれるものを、

あなた自身の外側に探し求めるのをやめるときです。

内側をみましょう。


 非常に有名なスーフィーの物語がある。

 ある皇帝が、宮廷から朝の散歩に出たところで、乞食に出会った。
 
 彼はその乞食にたずねた。
 「お前はなにが欲しいのかね?」
 乞食は笑って言った。
 「お前はまるで私の欲望を満たすことができるかのようにたずねるのだな!」

 王は気を悪くした。
 彼は言った。
 「もちろん、私はお前の欲望を満たすことができる。なにが望みなのか? 私に言ってみるがいい」

 ところが乞食は言った。
 「なにかを約束する前に、もう一度考えるがいい」。

 その乞食は仏の乞食ではなかった。

 彼は皇帝の過去生でのマスターだった。

 そして、彼はその生で約束をしていた。
 「私は、お前の次の生に現れて、お前を目覚めさせてみよう。この生をお前は見逃した。
  だが、私はもう一度来ることにしよう」。

 だが、王は完全に忘れていた――誰が過去生を覚えているだろう? 

 そこで、彼は強く言った。
 「お前が求めるものならなんでも私はかなえてやろう。私は非常に力のある皇帝だ。
  お前に求めることのできるもので、私が与えられないものなどありえようか?」
 
 乞食は言った。
 「とても単純な欲望だ。ここに乞食椀があるだろう? それをなにかで満たすことができるかね?」
 
 皇帝は言った。
 「もちろんだ!」。

 彼は大臣のひとりを呼んで、彼に告げた。
 「この男の乞食椀を金でいっぱいにするがいい」。

 大臣はいくらか金をもってきて、それを椀に注ぎ入れた……すると、それは消えてしまった。

 彼はさらにさらに注いだが、注ぎ入れるやいなや、消えてしまう。

 そして、乞食椀はいつまでも空のままだった。
 
 宮廷中が集まってきた。
 やがて噂が都中に広まって、大群衆が集まった。

 皇帝の名声は危うくなった。

 彼は大臣に言った。

 「王国全体が失われることになっても、私にはそれを失う用意がある。
  とにかく、この乞食に負けるわけにはゆかないのだ」
 
 ダイヤモンドや真珠やエメラルド……彼の財宝は空になろうとしていた。

 その乞食椀は底なしのように思われた。

 そのなかに入れられたものはなんでも――なんでもだ!――すぐに消えてしまった。

 存在からかき消えた。

 ついに日が暮れて、それでも人びとはまったく沈黙してそこにたちつくしていた。

 王は乞食の足下に崩れ落ち、自分の負けを認めた。

 彼は言った。
 「ひとつだけ教えてください。あなたは勝利をおさめました――でも、去られる前に、
  私の好奇心を満たしてください。この乞食椀はなにから出来ているのですか?」
 
 乞食は笑って言った。
 「それは人間のマインドから出来ている。秘密はなにもない……人間の欲望で出来ているだけだ」
 
 この理解が生を変容させる。

 ひとつの欲望に入っていくがいい――そのメカニズムはなんだろう? 

 最初は大変な興奮がある。
 大変なスリル、冒険が。

 あなたはすさまじい刺激を感じる。
 なにかが起ころうとしている。
 あなたはその瀬戸際にいる。

 そして、あなたは車を手に入れる、ヨットを手に入れる、家を手に入れる、 女性を手に入れる、

 そして突然、すべてが再び無意味だ。

 なにが起こったのだろう?

 あなたのマインドがその物質的性質をうばい去ったのだ。

 車は車道に止めてある。
 だが、もはや興奮はない。
 
 興奮はそれを手に入れることにしかなかった……あなたはあまりにも欲望に酔ってしまったために、
 自分の内なる無を忘れたのだ。

 もう……その欲望は満たされた。

 車道に止めてある車、あなたのベッドにいる女性、あなたの銀行口座にある金――
 またしても興奮が消える。

 再び無がそこにある。

 あなたを食べつくそうと待ち構えている。

 再びあなたは、この大きく口を開けている奈落から逃げるための、別の欲望を創らなければならない。
 
 そうやって人は、ある欲望から別の欲望へと動きつづける。
 そうやって人は乞食のままでいる。

 あなたの生全体が繰り返し繰り返しそれを証明する――あらゆる欲望は挫折する。

 そしてゴールが達成されると、あなたは別の欲望を必要とする。

 欲望というもの事態が失敗に終わるものだとあなたが理解する日、あなたの生における変わり目
 が来る。
 
 もうひとつの旅は内的だ。

 内に向かうがいい、家に帰るがいい



*もう一枚あると言われてましたので。

 

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あなたは全体の一部です。存在に属しています。部分への執着に、より大きな全体へと入っていくのを妨げさせてはいけません


 イエスに関する非常に神秘的な物語、イエスにしては非常に厳しく見える物語がある。

 彼は群衆に語りかけていた。

 すると、誰かが言った。
 
 「イエス、あなたのおかあさんが外の方で待っていらっしゃいます。でも、人の集まりが大きすぎて、
  彼女はなかに入ってこれません。あなたに会いたがっておられます」
 
 イエスは言った。「誰も私の母ではない」
 
 そしてあるとき、イエスはまだ子どもだったころ、父母と共に毎年恒例の祝祭でユダヤの偉大
 な寺院に来ていたが、両親から離れてしまった。彼らは捜しに捜し回った。
 
 そして夕方になり、彼らが心乱れ、ひどく心配になっていたところで、ようやくイエスが見つかった。

 彼はある学者たちといっしょに坐っていた――子どもにすぎないのに、
 彼は未知なるものについて彼らとなにごとか議論していた。
 父は、彼のところに行って、こう言った。
 「イエス、ここでなにをしている? 私たちは一日中お前のことを心配していたのだよ」
 
 イエスは言った。
 「私のことは心配しないでください。私は、私の父の仕事をしていたのです」

 ヨセフは言った。
 「私がお前の父親だ……それに、ここでどんな仕事をしているというのか? 私は大工だ!」
 
 ところが、イエスが言った。
 「私の父は天にいます――あなたは私の父ではありません」
 
 子どもがまさに母の肉体を離れなければならないように、人もまた、いつの日か、
 父母の子宮から精神的に出なければならない。

 肉体的にというだけではなく、精神的にも――精神的にというだけではなく、
 スピリチュアルな意味でも。

 そして、子どもがスピリチュアルな意味で生まれるとき、過去から完全に脱けるとき、
 過去との関係を完全に絶つとき、そのとき初めて、その子は自己に、独立した現実になる。

 それまでは母親、あるいは父親、あるいは家族の一部だったにすぎない。

 けっして自分自身ではなかったのだ。

 もしあなたが家族と恋に落ちたら、その愛を超えなければならない。

 さもなければ、その愛そのものが、その執着そのものが、もっと大きな全体へと

 入ってゆくのを許さない。


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**ブログ一年たちました。

   ありがとうございます音譜 

   の気持ちを込めてラブラブ


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作家・ 高橋源一郎さんのツイッターより

(掲載は自由にとのことでした)



「卒業式を出来なかった学生への祝辞」
タイトル:「 正しさ 」



1・今年、明治学院大学国際学部を卒業されたみなさんに、

予定されていた卒業式はありませんでした。

代わりに、祝辞のみを贈らせていただきます。

「祝辞」2

いまから四十二年前、わたしが大学に入学した頃、日本中のほとんどの大学は学生の手によって封鎖されていて、入学式はありませんでした。それから八年後、わたしのところに大学から「満期除籍」の通知が来ました。それが、わたしの「卒業式」でした。

「祝辞」3

ですから、わたしは、大学に関して、「正式」には「入学式」も「卒業式」も経験していません。けれど、そのことは、わたしにとって大きな財産になったのです。

「祝辞」4

あなたたちに、「公」の「卒業式」はありません。それは、特別な経験になることでしょう。あなたたちが生まれた1988年は、昭和の最後の年でした。翌年、戦争と、そしてそこからの復興と繁栄の時代であった昭和は終わり、それからずっと、なにもかもが緩やかに後退してゆきました。

「祝辞」5

そして、あなたたちは、大学を卒業する時、すべてを決定的に終わらせる事件に遭遇したのです。おそらく、あなたたちは「時代の子」として生まれたのですね。わたしは、いま、あなたたちに、希望を語ることができません。あなたたちは、困難な日々を過ごすことになるでしょう。

「祝辞」6

あなたたちの中には、いまも就職活動をしている者もいます。仮に就職できたとして、その会社がいつまでも続く保証はありません。かつて大学生はエリートとされていました。残念ながら、あなたたちはもはやエリートではありません。この社会に生きる大多数の人たちと同じ立場なのです。

「祝辞」7

だからこそ、あなたたちの生き方が、実は、この社会を構成する人たちみんなの生き方にも通じていることを知ってください。わたしは、この学校に着任して六年、知識ではなく、あなたたちに「考える」力を持ってもらえるよう努力してきました。

「祝辞」8

その力だけが、あなたたちを強くし、この社会で生き抜くことを可能にすると信じてきたからです。あなたたちは、十分に学びましたか? だったら、その力を発揮してください。まだ、足りないと思っていますか? 

では、社会に出てからも、努力し続けてください。

「祝辞」9

あなたたちの顔を見る最後の機会に、一つだけ話したいことがあります。それは「正しさ」についてです。あなたたちは、途方もなく大きな災害に遭遇しました。確かに、あなたたちは、直接、津波に巻き込まれたわけでもなく、原子力発電所から出る炎や煙から逃げてきたわけでもありません。

「祝辞」10

けれど、ほんとうのところ、あなたたちはすっかり巻き込まれているのです。なぜ、あなたたちは「卒業式」ができないのでしょう。

それは、「非常時」には「卒業式」をしないことが「正しい」といわれているからです。でも、あなたたちは納得していませんね。

「祝辞」11

どうして、あなたたちは、今日、卒業式もないのに、少し着飾って、学校に集まったのでしょう。あなたたちの中には、少なからず疑問が渦巻いています。その疑問に答えることが、あなたたちの教師として、わたしにできる最後の役割です。

「祝辞」12

いま「正しさ」への同調圧力が、かつてないほど大きくなっています。

凄惨な悲劇を目の前にして、多くの人たちが、連帯や希望を暑く語ります。

それは、確かに「正しい」のです。しかし、この社会の全員が、同じ感情を共有しているわけではありません。

「祝辞」13

ある人にとっては、どんな事件も心にさざ波を起こすだけであり、ある人にとっては、そんなものは見たくもない現実であるかもしれません。

しかし、その人たちは、いま、それをうまく発言することができません。

なぜなら、彼らには、「正しさ」がないからです。

「祝辞」14

幾人かの教え子は、「なにかをしなければならないのだけれど、なにをしていいのかわからない」と訴えました。だから、わたしは「慌てないで。

心の底からやりたいと思えることだけをやりなさい」と答えました。

彼らは、「正しさ」への同調圧力に押しつぶされそうになっていたのです。

「祝辞」15

わたしは、二つのことを、あなたたちにいいたいと思っています。

一つは、これが特殊な事件ではないということです。

幸いなことに、わたしは、あなたたちよりずっと年上で、だから、たくさんの本を黄泉、まったく同じことが、繰り返し起こったことを知っています。

「祝辞」16

明治の戦争でも、昭和の戦争が始まった頃にも、それが終わって民主主義の世界に変わった時にも、今回と同じことが起こり、人々は今回と同じように、時には美しいことばで、「不謹慎」や「非国民」や「反動」を排撃し、「正しさ」への同調を熱狂的に主張したのです。

「祝辞」17

「正しさ」の中身は変わります。

けれど、「正しさ」のあり方に、変わりはありません。気をつけてください。

「不正」への抵抗は、じつは簡単です。

けれど、「正しさ」に抵抗することは、ひどく難しいのです。

「祝辞」18

二つ目は、わたしが今回しようとしていることです。

わたしは、一つだけ、いつもと異なったことをするつもりです。それは、自分にとって大きな負担となる金額を寄付する、というものです。それ以外は、ふだんと変わらぬよう過ごすつもりです。けれど、誤解しないでください。

「祝辞」19

わたしは「正しい」から寄付をするのではありません。

わたしはただ寄付をするだけで、偶然、それが、現在の「正しさ」に一致しているだけなのです。「正しい」という理由で、なにかをするべきではありません。

「正しさ」への同調圧力によって、「正しい」ことをするべきではありません。

「祝辞」20

あなたたちが、心の底からやろうと思うことが、結果として、「正しさ」と合致する。

それでいいのです。もし、あなたが、どうしても、積極的に、「正しい」ことを、

する気になれないとしたら、それでもかまわないのです。

「祝辞」21

いいですか、わたしが負担となる金額を寄付するのは、いま、それを心からはすることができないあなたたちの分も入っているからです。三十年前のわたしなら、なにもしなかったでしょう。いま、わたしが、それをするのは、考えが変わったからではありません。ただ「時期」が来たからです。


「祝辞」22

あなたたちには、いま、なにかをしなければならない理由はありません。その「時期」が来たら、なにかをしてください。その時は、できるなら、納得ができず、同調圧力で心が折れそうになっている、もっと若い人たちの分も、してあげてください。共同体の意味はそこにしかありません。

「祝辞」23

「正しさ」とは「公」のことです。「公」は間違いを知りません。

けれど、わたしたちはいつも間違います。しかし、間違いの他に、わたしたちを成長させてくれるものはないのです。いま、あなたたちが、迷っているのは、「公」と「私」に関する、永遠の問いなのです。

「祝辞」24

最後に、あなたたちに感謝のことばを捧げたいと思います。あなたたちを教えることは、わたしにとって大きな経験でした。あなたたちがわたしから得たものより、わたしがあなたたちから得たものの方がずと大きかったのです。ほんとうに、ありがとう。

「祝辞」25

あなたたちの前には、、あなたたちの、ほんとうの戦場が広がっています。あなたを襲う「津波」や「地震」と、戦ってください。挫けずに。さようなら。

善い人生を。


今晩は、ここまでです。聞いてくださったみなさんに感謝します。
2011年3月21日 0:47:16 ツイート

以上、全文を載せさせて頂きました。




☆高橋源一郎さんツイッター
  http://twitter.com/takagengen


12:00 AM Mar 21st

@takagengen 「午前0時の小説ラジオ・震災篇」・「祝辞」・「正しさ」について・