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偏差値36をUPさせ早稲田政経に合格した受験生の記録

高校3年生の春に受験を決意。
その年の6月、偏差値は37。
現役の受験直前の模擬試験にて偏差値が56。
同年、法政大学に合格。
が、結果に満足できず浪人。
浪人1年目にて、明治法学部特待生合格・早稲田政経学部合格を果たす。
最後の模擬試験の偏差値は73。


成績は、最低のときで下から2番目でした。



そもそも、私は大学へ進学することを真剣に考えていませんでした。



卒業した後のことなんか考えていなかったです。



けど、高校3年生になったばかりのある日、そろそろ卒業後の進路について先生方が話をします。



おっと!



俺って、このまま卒業したらどうなるんだろう。。



「やばくね!?」と直感的に気付きました。



よくわからない漠然とした感じだけど、やばそうだと思いました。



というのも、私の将来の夢は、小学生のときから「お金持ち」。






自分がこのままの状態だと「お金持ち」にはなれないんじゃないかと思いました。



当時、就職がメインの高校とはいえ、受験の話をする先生もちらほらいました。



だれも聞いてなかったけど。。



ただ俺だけは「これだ!」と思いました。



わたしはすぐに担任の先生のところへ行って

「受験するから。どうしたらいい」

と告げ、困った顔をした担任の先生の机から英語のテキストを奪って帰り、さっそく勉強を始めました。































やっぱり最初は苦しかったです。



たとえば皆さん、これなんて読むかわかりますか?



って聞くのも失礼極まりなし…

すみません。。



r」、「q



勉強を始めたばかりの私はこれが読めず、辞書を引くときはいつもこの形をヒントに探していました。



やばいくらい時間がかかって大変でした。



ある日先生に

「お前勉強始めたんだろ、訳してみ。」

と言われ出されたのがこんな英文。



People~」



私は即答で「紙は…」


先生のコメカミがピクピクしだしたのを見逃さず、すぐに下を向いて自分の勉強を始めました。



先生は聞かなかったことにして他の人をさしてました。



こんな感じだったので、最初の頃は勉強が大変で大変で。



どうしても机の前に座れないこともありました。



何度も勉強なんてやめちまえと思いました。



何度もサボって友達と夜の街に繰り出そうとしました。



でも辞めませんでした。



必ず机の前に座り、一度たりともサボりませんでした。



なぜでしょう。



大学に行って自分の人生を変えるんだ!

お金持ちになるんだ!



てなことを考えながらとにかく机に向かうことだけはやめませんでした。



とにかく途中で机に近づくことが嫌になることはたくさんありました。



そんなのは日常茶飯事でした。












































こんな風に受験を続け、現役受験のときは早大、法政、明治の3校を受験し、法政に合格しました。



が、早大と明治は不合格でした。



正直言ってこの結果にはマジで不満爆発し、机や壁に鉄拳をくらわしまくりました。



俺ほど勉強したやつはいないに決まっているのに。。



だからまず一番に俺が早稲田に合格するに決まっているのに。。



もうとにかく悔しかったです。



法政の合格通知は届いてすぐにゴミ箱へ捨てました。



すぐにおかんが取りに行ってましたが。。



とにかく悔しくて悔しくて…



俺はここで法政に行けば自分の実力はそこまでということを証明することになる…



こんなもんじゃない!



ふざけんな!



まぁとにかく悔しかったです。



苦しかったです。



くそぉ…



浪人しか道はない!