町が少し静かな朝の始まりです。
雲が多いからなのでしょうか
いつもより少し静かです。
人は日々の生活の営みをはじめ
行きかう人々は、互いの接点など気にする暇もなく
目的地へと足をはやめる。
ニューヨークで観光客とビジネスマンとの見分け方は
歩き方だという。
昔のニューヨーカーという言葉を思い出す。
ドライといえば都会的
興味がないといえば少し粘着質な感じがする。
それぞれの温もりの拠り所はどこなのか
模索するほど私にも余裕がないのが現実である。
同じ空間にいたとしても
その環境により
似たような現象が起こるものである。
組織という枠で考えると憂慮すべき現実であるが
個々の関係で考えると
それはそれでいたし方のない事である。
人それぞれの嗜好や感情があるから尚のことである。
特別な思いやそれぞれの社会的価値が満たされるのであれば
そのハードルは越える事もある。
至極簡単に考えるのであれば
はっきりと誰にも理解されやすい明確な目標が
あるのであれば人は向かいやすいものである。
船頭多くて船山登る
組織的にすればするほど
目標が散ってしまいがちなのは事実である。
それぞれの思いが交錯する現実があるのであれば
摩天楼の夜景が綺麗なのは納得できるのではあるが、
私には、田舎の満点の星空のほうが似合う気がする
今日この頃である。
そろそろ蛍の季節である。
山を目指すのは季節からなのであろうか
少し賑やかになってきた町の音を聞きながら
畦道の華やかさを思い出すのである。