子供の頃よく一緒に遊んでいた友達との夢を見た。
友達は今はもういない。
だけど脳のログには顔も性格も、全て記憶していた。在りし日のマンションのピロティで、夜が更けるまで遊んでいた。まだマンションの壁はレンガのように褐色だったから、15年くらい前の記憶かな?
その日の私は誕生日だった。30mはあろうかという長いピロティで徒競走をした。でも走者は私しかいない。走った先のゴールには、みんな待っていた。走りぬいた私へプレゼントがあると言うので、それを開けてみる。
中身は腕時計だった。
黒皮の細いバンドに不格好で大きなデジタルの表示、時間は9:23を指示していた。透明な箱に入れられていたので、実際には装着していない──しようとした刹那、友達は言った。
もう帰らなくちゃ
私の家はこの階だから自力で帰れる。でも友達はみんなエレベーターで最上階まで行かなくてはならない。
嫌な予感がした。事故が起きるとか、そういうのではなくて…。
それじゃあ…ね
その子は泣いていた。もちろん私も。エレベーターのドアが閉まっても、私は動かなかった。上に行ってしまうのをただ見届けるしかなかった。それが、友達との本当の最後の別れだった。
家に帰ると、両親はテレビでバスケットボールの試合を観ていた。弟が世界で活躍するプレーヤーになっていて、その中継番組。アゴヒゲを生やした弟は、私よりもはるかに年上だった。良く見ると、両親も今より年を取っている。変わってないのは…子供に戻っていたのは自分だけだった。
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もらった腕時計は2つ。一つは透明な箱のもの、もう一つは黒い塊で包まれていた。中身は分かっているのに、その塊は開けるなとでも言いたげな佇まいで私を警戒していた。せっかくのプレゼントなのに、どうしてそんなオーラを纏っているのか不思議だった。
私は解体屋を呼んで開けてもらうことにした。解体屋の鋭いカマをみて驚いたのだろうか、黒い塊は自我を持ったように突然家から逃げ出して、隣の号室へ飛び込んだ。私もすぐ後を追った。その家はピンクとセピアを混ぜたような奇妙な空間だった。
ふと気付くと私の周りからは一切の人が消えていた。
怖くなった私は咄嗟にベランダへ出る。時既に遅しというか、もう外までその奇妙な空間は広がっていた。子供に戻っていた私はとても身軽で、鉄格子の柵も楽に飛び越えて道路に立つ。目的の塊──プレゼントの時計は忽然と道路に置いてあったが、取ろうとした瞬間に霧散霧消した。
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なぜ私の目の前から何もかもが失われていくのか、悔しさをこらえながら自宅へと戻る。しかし非情にも私の部屋はあらゆるものが散乱して、窓ガラスも割れていた。さっきまでいたはずの両親も白骨・風化していた。テレビは荒野の街だけを映していた。。。
もう何が何だか分からなくなって、叫びながら部屋を出る。マンションに隣接する竹林をよじ登り、誰か!だれか!と口にし、息を切らして天辺を目指した。後ろでマンションが崩壊する音がした。怖くて後ろなんて見られない。ただ前だけを見てもがくように進んだ。
どのくらい走ったろう。耳を塞いで走り続けて、やっとの思いで公園に辿り着いた。そこに広がったのはテーマパークで遊ぶ親子たちの光景。白く淡く、ダイヤモンドダストのように空気は煌めいていた。私もその輪に加わろうとしたが、アトラクションは蜃気楼のように空を切った。残像だ。辺りがどんどん白けていく様をみながら、もう逃げる事をやめた。
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ガヤガヤと音だけが存在する。なんだろうなと思いながら目を開けると、目の前にはアナログ時計。時計は午後9時23分を指示している。虚ろな表情で起き上がると、人が立っていた。
「まだ眠剤飲んでないでしょう?今まで寝てたみたいだから、すぐには寝つけないよね。薬と水、ここに置いておくから寝るときは前もって飲んでおいてね」
Wさんがそういった(ような気がした)。薬を飲まないと、こうやっていつも悪夢を見る。そしていつも記憶に残ってしまう。いい加減、夢見るなら楽しませてくれよと思う。
夢に出てきたデジタル腕時計と現実世界のアナログ時計、絶対つながっている。何かを暗示している。デジタルをロストしてしまったのは何故?もう怖い夢は見たくないけど、物語の続きがあれば教えて欲しい。