■主題:三層構造思想
金曜日になった。
今日も迦皇(かのん)と一緒に帰るのを楽しみにしていた萌華(もか)だった。
萌華(もか)はいつも通り定時が迫ってくると座席から首を伸ばして迦皇(かのん)の仕事の進捗をうかがっていた。
彼氏のいる美咲ははよいとして、私生活が不明な陽菜と、あっけらかんとした歓波(わいは)が迦皇(かのん)と話しているのを見るとちょっとやきもちを焼いたりもした。
すると
迦皇(かのん)が立ち上がった。
こちらに向かって歩いてきた。
『もしかして・・・』
ドキドキし始めた。
『えっほんとに
』
迦皇(かのん)が目の前に来た。
「大関さん、今日は忙しいですか」
「あっ、いえ大丈夫です」
「あとで相談があるので、仕事が終わったらどこかで話を聞いてもらえますか」
迦皇(かのん)はえらくかしこまった言い方だった。
萌華(もか)は急に不安になった。
『まさか、入社して間もないのにもう辞めたいとか言い出すのではないか・・・』
不安にさいなまれる中、定時になった。
萌華(もか)は大急ぎで身支度をして、会社から出て、駅と反対方向に20メートルほど行ったコンビニの軒下で迦皇(かのん)が出てくるのを待った。
ほどなく迦皇(かのん)も来た。
「お待たせ。待った」
「ううん、全然、今まだ1分47秒」
「じゃあ、行きましょうか」
そう言うといつも通り、いつもの帰宅道を歩き始めた。
「この近所じゃ、何なんで、大宮駅周辺にしましょうか」
「あっ、そうですね。」
これはよほど深刻なことなのかもしれない。
やっぱりもう辞めたいということなのか。
萌華(もか)はそう思った。
二人は道すがら、例のダイエットプログラム管理プログラムプログラム(DPMPP)について話した。
しかし、萌華(もか)は迦皇(かのん)がいつ本題に切り出すか気になり、話があまり入ってこなかった。
「萌華(もか)さん、今日はどうしたんですか」
「いえ、別に・・・」
「さっきから上の空みたいですけど・・・。」
「そ、そ、そ、そんなことないです」
「DPMPPの話って会社じゃできないじゃないですか。明日は萌華(もか)さんのダイエット外来に一緒に行かせてもらうんで今日はその予習がしたくて」
そうなのである。
迦皇(かのん)はいつもの帰宅時間だけでは十分に話ができないと思い、別のところでゆっくり座って話そうと提案していたのである。
恵比寿から大宮までは一緒に帰れる。
周りにどんなお店があるかよく分かっている大宮駅の方が他の人とばったり顔を合わせてしまう心配もなく都合がよかっただけなのだ。
大宮駅までたどり着くと静かで落ち着けるカフェを探して入った。
「じゃあ始めましょうか」
迦皇(かのん)が声を掛けると萌華(もか)はトレードマークの大きなリュックから、大きなゲーム用ノートパソコンを取り出した。
一方、迦皇(かのん)が取り出したのは紙とシャーペン付きの軸の太い4色ボールペンと消しゴムだった。
「あのぅ、パソコンは必要ないですか」
「まだ使わないですね。パソコンを使うのはまだまだ先ですね。今は手書きの方が速いですから」
Excelの上で作るのだから最初から最後まで常にExcelを使うものと思っていた萌華(もか)はびっくりした。
「初期の設計段階だとパソコン上での操作が煩わしいから、僕はいつも手書きなんですよ。」
「でも、紙だと失くしてしまったりしないですか」
「そうですね。そのうちこの紙も捨てちゃいますしね」
「えっ大丈夫なんですか
全部覚えちゃうんですか
」
「まさか、そんな覚えられませんよ。最後にスマホで撮影してクラウドに流し込んでおくだけです。」
迦皇(かのん)は萌華(もか)からやりたいことを聞き始めると、不思議なノートの取り方を始めた。
ノートの左1/4と上1/4を空けて書き始めたのだ。
しかもこれでもかというぐらい無駄な紙の使い方で、用紙の半分ちょっと埋まっただけで、次々と別の紙を使ったのだ。
萌華(もか)は気になって仕方なかった。
「水判土(みずはた)さん。さっきから気になっていたのですが、この紙の使い方って何か意味があるのですか」
「あっ、これですね。人によってやり方はいろいろあると思いますがこれは僕のやり方です」
話が進んでいくと、迦皇(かのん)は何枚かの用紙をまとめて右上をホチキスで閉じた。
普通は左上を閉じるものである。
右上を閉じるというのはかなり変わっていると思った。
萌華(もか)は不思議で仕方なかった。
「どうして右上で閉じるんですか」
「だって、この方が後で探しやすいでしょ」
「というと・・・。」
「大体ノート取るときって左から右に書きますよね。そうすると見たい内容が左側に寄ってしまっているんですよ。左側で閉じてしまうと閉じ白が邪魔で探しずらいですよね。」
「確かにそうですね。でも右で閉じるなんてなんか漫画の原稿みたいです」
萌華(もか)との会話が進んでいくと、迦皇(かのん)は空白になっていた左側や下側にも書き始めた。
ここは単なる箇条書きだった。
時折赤ペンで丸をして、左側のから右側へ、右側から下側へ矢印が伸びた。
左側と下側はには緑で線を引いたりもしていた。
話が煮詰まってくると、最後に上の空白に簡単に概要を書き出していた。
「あっ、そういうことだったんですね」
4つになんとなく区切られたノートはそれぞれの位置に明確な役割があったのだ。
「でも、この左側と下側の意味は何ですか」
「あっこれですね。左側はプレゼンテーション層で下側がデータストア層です。あとこの広い右側がビジネスロジック層です。」
「それで上は単なる概要ですね」
「そうです。こうやって会話の中から要件を詰める時って、初めに思った主題の通りに進まないですよね。だいたい細かいところから入ってしまう傾向がありますね。だから、最後に概要をまとめるようにするんです」
「なるほど。勉強になります。ところでその何とか層ってなんですか」
「これはアプリを作るときの基本中の基本です。三層構造にするんです。」
迦皇(かのん)の説明は続いた。
プレゼンテーション層
ユーザーが直接見たり、聞いたり、話しかけたり、キーボードで入力したりする部分である。
簡単に言ってしまえば画面である。
データストア層
データをためておくところである。
どんな項目をどの項目と一緒に蓄積するか、データとデータのつながりはどこで取るかなどがこの先の段階で整理される。
ビジネスロジック層
コンピューターがデータを加工する部分である。
プログラム本体である。
この3つがごちゃ混ぜで作られてしまうと後でどこに何があるのか分からなくなり、修正不可能なものがなんとなく出来上がってしまう。
ちゃんとできていないので、決して完成とは呼べない代物だ。
迦皇(かのん)の説明は理路整然としていた。
頭脳明晰なちょっとなよっとした青白い感じの男子が趣味の萌華(もか)にはきゅんと来るものがあった
「なんか水判土(みずはた)さんと一緒にこんなことしていると、ダイエットより先に、プログラミングの方が成功しちゃいそうです」
「そうかもしれないですね。実は僕も僕なりに、うまくダイエットの進捗を管理できる方法はないかいろいろ調べてみたんです。でも、大きな壁に当たってしまって・・・」
「そうなんですか水判土(みずはた)さんに突破できない壁だったら私なんかには到底無理ですよ。ダイエット失敗するって暗示されてるようなものじゃないですか
」
「いや、そうじゃなくてですね。」
迦皇(かのん)は再び説明を始めた。
ダイエットに関する情報を調べているととにかく「と言われている」や「を意識して」という言葉がやたらと多いことに気づく。
そして諸条件を無視して絶対にこうなるといったような表現も目に付く。
時として医学的側面を持つことがあることから、迂闊に断じることができないような噂じみたこともまことしやかに拡散している。
そもそも、「医学博士の」という枕詞が付いている人のインタビュー記事も怪しかったりもする。
人間の体はそんなものじゃないと言われてしまえばそれまでかもしれないが、仮に、ダイエットをテーマにした育成ゲームがあったとする。
ダイエットの進捗を一気に加速させるガチャが毎日一回無料とか課金で有利になるとかいうものは排除して考える。
よりリアルなものに仕上げようとすればするほど、多くのパラメータが必要になり、またパラメータやキャラクターが実行する運動や食事のメニューとの相関関係も複雑になるはずだ。
ゲームがレベルアップし育てたキャラがスーパーモデル級に成長したら微妙な変化で大きくランクが変わってしまうだろう。
逆に、デブキャラのうちはデブキャラでキャラクターのパラメータがちょっとくらい変化しただけでは全くデブから脱出できないであろう。
全ては一貫性を持ってプログラムされている。
ところが現実世界で語られるのは一貫性を持ったものであることはまずない。
まったく整理されていない情報がカオスを作り出しているのだ。
そしてそういった情報の多くが、ビジネスロジック層にあたるぶ分んだけであったり、プレゼンテーション層にあたる部分だけであることが多い。
そもそも三層に分けて考えようという意識もないところから発せられた情報だからごちゃ混ぜになっていても仕方ないといえば仕方ないだろう。
そこからなんとなくわかった言葉だけを拾い上げ信じ込んでダイエットがうまく行く用には到底思えないのである。
「実は、僕は僕なりに、見つけた情報を三層に分けてみたんです。そうしたら、『運動なし、食事制限なしで体重マイナス10㎏、毎日なんとかを飲み続けるだけ』みたいな感じで、詳細を読んでみても、その飲み物を飲むというビジネスロジックだけで、元となった人の情報(マスタ)や経過(トランザクション)といったデータストア層を裏付けるようなものが見つからなかったんです。」
「確かに、そこまで細かく説明しているものはないかもしれないですね。」
萌華(もか)の頭にコルセットダイエットがよぎった。
コルセットダイエットの売り文句は「運動なし、食制限なし」だ。
しかし、体重マイナス10㎏ではない。
ウエストマイナス10㎝だ。
「それとどう運動しないのか、どう食事制限しないのか、実際の毎日の運動強度はどれくらいか、食事量はどれくらいかといったデータも提示することなく、運動なし、食事制限って言っちゃっているんです。」
天からのAbooの囁き
万人のダイエットという大きな見方をしてしまうとコルセットダイエットももちろん感覚的な話になりがちです。
逆に自分自身という個人まで落とし込んで、自分自身をパラメータ化し、そこから自分の目標となるデータを相関が見込まれるものと合わせて記録していくことでデータを積み上げると結果を出しやすくなるものと考えます。
コルセットダイエットはコルセットで肋骨を締めて、一日中お腹をへこませ続けるトレーニングと言えます。
コルセットを締めた時間と食事、お通じをしばらく記録しているだけで個人の中での相関はかなり追えるはずです。
異常値が続くようになり転換期が見え始めたらプログラムをバージョンアップしようなど次の方策も正しくデータを積み上げられるようになることでわかるものです。
そういう意味ではレコーディングダイエットはかなり魅力的ですが、その裏側にあるものの理解度がかなりのネックになりそうです。
To Be Continued...
■登場人物紹介■
大関 萌華(おおぜき もか)
美咲と同じエンジェルスシンジケートで経理課に勤める。
Hカップの巨乳の持ち主といえば聞こえがよいが、肥満の家系に生まれ育つ。
子供のころのあだ名は横綱。
コルセットで急にカッコよくなった美咲にいち早く気づきコルセットダイエットを決意する。
美咲と同じ電車で通勤している。
美咲より数駅遠い町で祖父母と両親、兄3人と暮らす。
水判土 迦皇(みずはた かのん)
元フリーのSE。
萌華(もか)の兄の塁の友達の弟。
萌華(もか)が片思いを寄せている。
浦埼 美咲 (うらさき みさき)
主人公28歳。独身。彼氏あり。
恵比寿のアパレルメーカー(エンジェルスシンジケート)でネットやカタログ向けの画像加工を行う部署でお仕事中。
自宅は大都会埼玉の大宮駅から少し先のJRの駅からすぐのところに家賃8万円の1LDKに乗り換えなしで職場に通えるというだけの理由で一人暮らし。
性格は周りから周りからちょっとちやほやされてみたい気もするけど、目立つのは苦手という結構ありがちなタイプ。
案外見栄っ張りな一面もある。
本庄 歓波(ほんじょう わいは)
エンジェルスシンジケートの珍入社員でどこまでも問題児。
自分の気に入ったものにはとことん固執するのにそれ以外はとことんずぼら。
早合点で超短絡思考でおバカを絵にかいたよう。
自分勝手な性格と誤解されやすく取りつきづらいイメージを持たれ孤立しがち。
しかし本当は・・・。
岩槻 陽菜
23歳。
美咲の勤める会社で派遣社員をしている。
社内ではかなりイケているルックスの持ち主。
美咲は彼氏さんの「陽菜ちゃんってかわいいよね」の一言でやきもち持ちを焼いたことから、勝手に美のライバル視している。
陽菜本人はどう思っているかは定かではない。
というかまだ未設定。
阿倍 沃(あべ よう) 商品開発部長
会社で一番の美人で、モデルもこなし、仕事もできる。
社長の愛人という根の葉もない噂もある。
女子社員は陰で「倍沃」(べよう)と呼んでいる。
本人はそれに気づいているが、そのことはまんざらでもないらしい。
なぜなら倍沃(べよう)はコルセットダイエットの一番人気のバーヴォーグ(Burvogue)の漢字名だからである。
そして今では美咲にとってのコルセットの師匠でもある。
戸田 由喜枝
正社員なのになぜか不定期出勤で誰もが一目置く存在。
ミシンの達人であっという間にあらゆる服のお直しをしてしまう。
ミステリアスな存在である。
秋ヶ瀬 翔太
美咲の彼氏で同僚。
お人好しで頼まれたら断れない性格。
美咲にだけはなぜかやたら強気。
それ以外は未設定。
須賀谷メロ、森掛(もりかけ)桜、倍賞泉花(せんか)
WEB営業部WEB企画課の三人組
リーダー格で意地悪な須賀谷メロ
嘘付きの森掛(もりかけ)桜
強欲の倍賞泉花(せんか)
社内ではいわゆる腫物だが、本人たちは・・・
神園社長
美咲が務める会社(エンジェルスシンジケート)の社長。
高校生の娘がいる。
妻沼WEB営業課課長
美咲の直属の上司風。
課付きの課長なので実際には部下はいない。
理屈っぽく行動力はない。
ハゲデブで脂ぎっている
川里経理課長
萌華(もか)の直属の上司。
寡黙でなんでも他人事の態度。
貧相なガリガリ出っ歯。
大関一家(年齢順)
祖父:寅(とら)
祖母:桂(かつら)
父 :健人(けんと)
母 :貴理子(きりこ)
長男:塁(るい)
次男:コナン
三男:三斗(さんと)
長女:萌華(もか)
トリサミットソン社(やしろ)先生
旧姓は小川。
両親が経営する白蓮総合病院の内科医。
ダイエット外来を担当している。
大関一家に毎週土曜日ダイエットレクチャーを実施。
■作者紹介■
)プロクビレイター(のAbooです。
世界中のウエストを くびれ させることが野望のプロのクビレイターです。
クビレイトに欠かせないものといえばコルセット
コルセットで肋骨を引き締めることでアンダーバストからヒップにかけて整形級のボディラインを作っちゃおうっていう痩身術です。
世間ではコルセットダイエットなんて呼ばれています。
コルセットダイエットの必須アイテム